UKジャズはごちゃまぜだからかっこいい【Ken Kobayashiのロンドンところどころ vol.6】

-sponsored link-

ロンドン在住のシンガー・ソングライターKen Kobayashiによるコラム。さまざまな人種や言語が交錯する世界的文化都市であり、また自身の生まれ育った場所でもあるロンドンの街中で出会った、音楽やカルチャーにまつわるあれこれを綴ります。今回は現在のUKジャズ・シーンについてのおはなし。

いまUKジャズがアツい

以前からロンドンにいる友だちが「いまジャズがおもしろいよ~」なんて話していたけれど、近年なんだかさらに盛り上がりを見せている気がする。サクソフォニストのShabaka Hatchings(Sons Of Kemet)やNubya Garcia ( Nérija )、ピアニストのJoe Armon-Jones(Ezra Collective)などといったイギリスの新世代ジャズ・ミュージシャンたちが作り上げたシーンは、旧来のジャズ・ファンのみならず、若者たちのあいだでも人気を獲得している。昨年にはイギリスにおけるNo.1アルバムを決めるマーキュリー賞で、久しぶりにジャズアルバム(Dinasaur「Together, as One」)がノミネートされたし、今年のSXSWフェスティバル(毎年3月に米テキサス州オースティンでおこなわれるインディー・ミュージックの祭典)においては、2年連続でUKジャズのアーティスト達が出演したステージがあった。今年のサマソニに出演するTom MischCosmo PykeなどもUKジャズ・シーンと関わりが深いミュージシャンである。

Sons Of Kemetの最新作「Your Queen is a Reptile」の1曲目。ジャズに加えてカリビアンとアフリカンな要素が入った作品で、トライバルなアートワークも印象的だ。この曲の力強いリズムとテナー&アルトサックスの掛け合いは幻想的な風景を思い起こさせる

UKジャズ・シーンの中心地はロンドンで、上に挙げたシーンの主人公たちも多くがロンドン出身だ。ぼくがはじめて現代のUKジャズ・シーンに触れたのも、これまたロンドン出身の天才ドラマーMoses Boyd(Moses Boyd Exodus)の曲を耳にしたとき。聴いた瞬間「かっこいい!」と打ちのめされ、そこから関連するミュージシャンの作品を聴いたり、興味を持って調べたりするにつれて、このジャンルの持つおもしろさにのめりこんでいってしまった。なぜなら、知れば知るほど現代のUKジャズはまさにこの街を象徴した音楽であり、むしろロンドンだからこそ世界的人気を獲得するほどのシーンへ発展したのだと心から感じずにはいられないからだ。

Moses Boydの「Rye Lane Shuffle」はサウス・ロンドン、ペッカムにある通り「ペッカム・ライ」の風景にインスピレーションを受けて作られた曲だ。ミックスはFour Tetが担当している

ジャズの枠を取り払うロンドンの多文化社会

ロンドンを訪れると誰もが実感するのが、この街は世界有数の多文化社会だということ。大英帝国の時代の名残もあり、世界中から人が集まるロンドンには、通りの右をみればカレー屋、左を見れば中東系のお店、そしてちょっと進めばカリビアン・レストラン、なんて光景が当たり前のように見られる。現代のUKジャズは、そんなマルチカルチャーなロンドンの街が生み出すエネルギーを音で見事に表現していると言える。もちろん、過去にも90年代にはドラムンベース、最近ではグライムなど、移民のバックグラウンドを持つ人達が深く関わって出来たロンドン発の音楽もあったが、現代のUKジャズにはそれらとはまた違った「ゴチャまぜ感」がある。

キーボード奏者Henry Wuと、United Vibrationなどで活動するドラマーYussef DayesからなるユニットYussef Kamaalの「Black Focus」。ファンクの影響が強いサウンドは70〜80年代のハービー・ハンコックのようだ

これは移民の2世、3世が増えてきて、いままで以上に文化がミックスされてきたことも影響しているのかもしれない。事実、現代のUKジャズ・ミュージシャンたちが作るのは、ジャズのメソッド(楽器やコード進行、リズム、アドリブ·パートを含む曲の展開など)をベースに、アフロ·ビート、レゲエ、ヒップホップ、R&B、ダブ、ブレイクビーツなどの多種多様な音楽ジャンルの要素が融合された、"ジャズ"の枠にはとらわれない音楽ばかりだ。

ハウス・シーンで数々のヒット作を生み出したプロデューサーTim Lickeが主導するジャズ・コレクティヴUniting Of Oppositesの「Mints」にはシタール奏者をフィーチャー。楽曲にエスニックな雰囲気を加えている

現代のUKジャズを語るとき、ロンドンの中で最もホットな場所として挙げられるのが、偶然にもぼくが住んでいるサウス・ロンドンだ(具体的に言うとペッカム、ルイシャム、ブリクストン、クロイドンといった地域)。これらのエリアは歴史的に家賃が安く、移民のバックグラウンドを持つ人びとやアーティストが多く住んでいて、文化的なポテンシャルを感じさせる一帯だった。とくにペッカムにはアート系の大学が二つあって、学生が多く住んでいることもこの地域の文化的豊かさを支えている。いまはインターネットでボーダレスにシーンが形成されていく事も多いが、サウス・ロンドンに住むUKジャズ・シーンの中心人物たちのあいだでは、おたがいにバンドを掛け持ちしあったり、楽曲にフィーチャーしたりと、交流も盛んに行われているという(中心人物達の関係は、この表にとても上手くまとめられている)。そんな地理的な要素がシーンの確立に大きく影響を与えていることも、現代のUKジャズの面白さかもしれない。

UKジャズ・シーンの中心地の一つとして紹介されるサウス・ロンドンのペッカム。ここはコスモ・パイクのMVの舞台にもなっているメインストリート「Peckham Rye」だ。実は僕も、ひと昔前の自分のミュージック・ビデオのロケとして使っていたりもする。思い出深い道だ©︎ Nao Okuno
上記Mose Boydの曲のモチーフにもなったペッカム・ライの風景はこんな感じ。Cosmo PykeのMVの舞台にもなっている場所だが、実はぼくもひと昔前にここで自分のミュージック・ビデオを撮ったことがある

マルチカルチャリズム以外にも、現代のUKジャズが色彩豊かな音楽ジャンルとなった理由はいくつか挙げられる。たとえば新しい世代のミュージシャン達がSpotifyやApple Music、YouTubeで手軽に色んな音楽に触れ、吸収できるようになったこと。それにBoiler Roomなどの新たなメディアの登場によりシーン間のコラボが容易になったこと。そして、2000年代に入ってTotal Refreshment CentreCafe Otoなど、一つの場所でジャズ、実験的音楽、ワールドミュージックなど様々な音楽が聴ける会場(ヴェニュー)がロンドンに登場したことも大きい。

20180627 DSC 536320180627 DSC 5401©︎ Nao Okuno
2008年にオープンしたCafe Oto。その名の由来はもちろん日本語の「音」で、経営に日本人が関わっていることから付けられたらしい。この日は、とあるトリオがフリージャズを熱演していた

おしえてジャイルス・ピーターソン

最後になったけれど、忘れてはいけないのが「世界で最も影響力があるジャズDJ」と名高いロンドン在住の人物。その人物とはもちろんジャイルス・ピーターソンのこと。ジャイルスは、現代のUKジャズにいち早く目をつけていて、自主レーベルBrownswood Recordingsから数々のアーティストのレコードをリリースしている。彼が今年のはじめにリリースしたコンピレーション・アルバム「We Out Here」は、ロンドン在住のUKジャズ・ミュージシャン計9組の書き下ろし曲を収録した作品。現在のシーンの熱を伝える一枚として話題を呼んでいる。90年代後半にイギリスで流行った「Virtual Insanity」でおなじみJamiroquaiをはじめとしたジャンル「アシッド・ジャズ」のキーパーソンとして名を馳せたジャイルスのセンスと信頼は、いまだ衰えを知らないようだ。

アシッド・ジャズやNu Jazzといったジャンルの流行が落ち着いた2000年代初めはUKジャズの暗黒時代と呼ばれ、イギリスにおいてジャズはクラシックよりリスナーが少ないという統計が出たこともあったという。しかし2010年代になり、米ジャズの新たなスーパースターKamashi Washingtonの登場や、Kendrick Lamarによるジャズを大々的にフィーチャーしたアルバム「To Pimp a Butterfly(2015)」のヒットなどに引っ張られるかたちで、ジャズという音楽が再び世界的に脚光を浴びはじめた。そしてそれに合わせるように、冒頭にあげたような若手の天才ジャズ・プレイヤーたちが頭角を現したり、スーパースターDJ、ジャイルス・ピーターソンが本腰を入れてプッシュしたりして、UKのジャズ・シーンは奇跡の大復活を遂げたのだ。

これからもロンドンであたらしい音楽が生まれるたび、UKジャズも形を変えていくに違いない。はたして2020年代のUKジャズはいったいどんな姿を見せてくれるだろうか。その答えは、数年後のある日かけたラジオ番組、それかプレイリストで、またジャイルスが教えてくれるかもしれない。

著者プロフィール

Ken profile photo

Ken Kobayashi

ロンドン在住の宅録シンガー・ソングライター。日本、ドイツ、イギリスにルーツを持つ自身のバックグラウンドとほとばしる好奇心を生かし、ラテン、ボサノヴァ、エレクトロ、ブリット・ポップなど多種多様なジャンルを咀嚼した良質なポップ・サウンドを奏でる。これまでに自主レーベルSound Dust Recordsより2枚のアルバム「 My Big Foot Over The Sky 」「 Maps & Gaps 」を、P-Vineより「 Like The Stars 」をリリースしている。最新作はシンガーKanadeとコラボしたシングル「 ハグ 」と「 アカイソラ 」。夢は世界一周。Facebook / Twitter / soundcloud / instagram

タイトルとURLをコピーしました