ライヴ・シーンの未来を照らすDSFL【Ken Kobayashiのロンドンところどころ Vol.5】

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ロンドン在住のシンガー・ソングライターKen Kobayashiによるコラム。さまざまな人種や言語が交錯する世界的文化都市であり、また自身の生まれ育った場所でもあるロンドンの街中で出会った、音楽やカルチャーにまつわるあれこれを綴ります。
今回は、ロンドンにおけるヴェニュー(イギリスにおけるライヴ&コンサート会場やクラブのこと)についてのエピソードの後編です。前編はこちら

前回のコラムでは、ヴェニューが直面する事態に歯止めをかけるため、ロンドンの政治家たちもいろいろと考えはじめている、という喜ばしい一面を紹介した。とはいえ、当然ヴェニュー側も"現場"の人々がロンドンのライブシーンを盛り上げようと、新しい会場を作ったり、工夫したイベントを開催したり、絶えず動き続けている。その一例としてぼくがひそかに注目しているのが南ロンドン(ぼくの住む部屋のすぐ近く)にあるヴェニュー「DIY Space For London」だ。

DSFL施設紹介

「DIY Space For London」(以下DSFL)は、チャリティーコンサートやクラウドファンディングなどで£25,000(約360万円)を集め、2015年にオープンした比較的あたらしいヴェニュー。会場はかつて工場の倉庫だった建物を有志の手で改装して作られており、キャパシティーは200人ほどながら、コアな音楽ファンに深く愛されている場所だ。

Londres vu par ken kobayashi 05 diy space for london05Londres vu par ken kobayashi 05 diy space for london04DSFLの外観と入り口付近の様子。工業地帯を改装して作っただけに独特の雰囲気だ

そんなDSFLの特徴として一番に挙げられるのは、いろんなインディー・ミュージシャンたちのライヴを、手頃な値段、あるいはフリーで観られる機会がたくさんあることだろう。もっと大きなハコでもチケットがすぐソールドアウトするような人気ミュージシャンのワンマンライブでも£7.5〜12(約1,100〜1,600円)という値段設定だし、今月開催予定の「Decolonise Fest」というフェスは、3日ある会期中の最初の2日間が入場無料だ。

Londres vu par ken kobayashi 05 diy space for london064月にライブをしたケロ・ケロ・ボニト(写真)のチケット代は£6(約1,000円)、去年のKing Kruleのライヴは£11(約1,600円)だった。どちらもロンドンの相場より安い印象だ

ライヴイベントの中でとくに注目されているのが、毎年5月に行われる「First Timers Festival」。このイベントは、出演できるのはライヴをするのが初めてというバンドのみ、しかも新しいバンドとして初ではなく、各メンバーにとってこのフェスが人生初のライヴとなるようなバンドだけ参加可能、という一風変わったコンセプトがウリだ。ロンドンの音楽シーンの未来を担うバンドの初ライヴが見られるかもしれない、と思うと人気があるのもうなずける。

建物内にはライヴスペースのほかに、気軽に立ち寄れるカフェ&バーや、ミュージシャンたちのためのリハーサル・スタジオ、zineやTシャツ制作などができる個人用の印刷所、コワーキングスペースなどが併設されている。さらには映画上映会やミュージシャンやクリエーター向けのワークショップも頻繁に開催。だから単なる"ライヴ会場"や"ヴェニュー"というより、音楽好き、カルチャー好きが集まる複合施設、といったほうがいいかもしれない。

もちろんこれらの参加費も驚くほど安い。ワークショップの参加費は多くても£5(約730円)ほどで、なかには値段のところに「募金額のサジェスチョン」とかわざわざ「お金が無いという理由で、誰かが参加できなくなる状況は作りません」なんてメッセージが添えられていたりすることもある。コワーキングスペースの利用料も月£60〜300(約8,700〜4万円)程度と、ロンドンにある同様のサーヴィスと比較しても半額ほどの水準だ。

ちなみにこのような施設を利用したり、ライヴを観たりするためには、DSFLの会員になる必要がある。そしてその会員費も年間でたったの2ポンド(約300円)。現在会員の登録者数は5,000人を超えているという

Londres vu par ken kobayashi 05 diy space for london01Londres vu par ken kobayashi 05 diy space for london02バーエリアの様子。取材にいったこの日は、ボランティアのスタッフが暖かく迎えてくれた

さて、ここまでの説明では、「それぐらいの施設なら他にもあるよ」とか「なにがそこまで珍しいの?」とか感じた人がいるかもしれない。じつは上にあげた特徴は、すべてがひとつのアツい理念に基づいているのだ。そしてそれこそがDSFLを特別な場所にしている一番の理由だ。

ではその熱い理念とはいったい何か?それはDSFLの名前にも使われている「DIY」の精神である。

キーワードは「Do It Yourself」

DIYとは”Do It Yourself”の略で、日曜大工(つまり手作り感)という意味が一般的だが、広義には「誰でも参加できるシーンを自分達で作り上げて行こう」「義務や強制からでなく自らの意志でやっていこう」「みんなで協調して物事をすすめよう」といったニュアンスを含むことばだ。施設の名前自体に「DIY」が含まれている背景には、そういったアプローチを使って、商業的なライブハウスとは違う特別な存在にしたいという創立者の想いがあるのだ。

このアプローチを考えたときに真っ先に挙げられるのが、DSFLの施設とイベントが任意のボランティアによって運営されていることだ。考えて見て欲しい。ライヴのスタッフから、リハーサルスタジオの管理、バーの店員、施設のメンテナンス、その他雑務にいたるまで、ほぼすべての業務がボランティア、つまり無償で行われていることを。DSFLに直接関わる人間でお金を貰っているのは経理1人だけだ。それだけでビックリだし、人件費の安さ(というか無さ)が、物価が高いロンドンで、お手ごろ価格を実現できているヒミツだ。お手ごろ価格は「誰でも参加できる」という理念の達成にも繋がる。

ボランティアとコレクティヴ

また、DSFLでボランティアをする際に参加が必要な「コレクティヴ」という仕組みからもDIYの精神が感じられる。コレクティヴとは、簡単に言えば学校であった"係"や"委員会"のようなもの。DSFLには「イベント企画」「バー運営」「リハーサルスタジオ管理」「情報発信(SNS等)」「寄付募集」といった活動の分野ごとにコレクティヴがあり、希望者はこれ(例えばバー運営コレクティブ)に参加して、ボランティア活動をスタートする。実務的なことはワークショップを通じて学べるようになっているので初心者も安心だ。また、それぞれのコレクティヴにはチームを統括するポジションなどがない、”ヨコのつながり"を重視した組織になっている。この辺も「みんなと強調して一緒に進めよう」というアプローチに沿っている。

さらに例を挙げると、上にも挙げた会員システム。DSFLでライブを見たり、イベントを開催したり、リハーサルスタジオを使ったりするには、誰もが会員にならなければいけないルールだ。そして、DSFLの今後の方針は会員の総会によって決められ、組織の決定権をもつ運営委員会は、会員の投票によって選ばれる。言い換えれば、ライブのお客さん、スタッフ、イベント主催者、そして出演するミュージシャンが、それぞれの立場にとらわれずに(「DSFLの会員」というフラットな立場で)運営に参加できる仕組み。コレクティブと会員制が「自分達で作り上げるシーン」を可能にするのだ。

Londres vu par ken kobayashi 05 diy space for london07Londres vu par ken kobayashi 05 diy space for london08ボランティアの仕組みをまとめたパンフレットと、コレクティブの概要がまとめられたポスター

DIY精神を取り入れたクリエイティブなスペースは、じつは昔からイギリス国内に存在していて(例:ブリストルのRoll for the SoulやリーズのWharf Chambers)、DSFLはこれらを参考にして作られたらしい。ただ、ブリストルやリーズ以上に経済規模が大きい首都ロンドンの街に、ましてやイベント会場に対する逆風が吹くこのご時世に、同じ目標を持ったひとびとが会場をいちから手作りし、ここまで維持できていることは奇跡に近い話だ。ぼくはこの場所を訪問するたびに、一貫した理念を持つDSFLの強さと、文化を支える”会員達”の情熱をひしひしと感じる。そんなロンドンの音楽シーンを盛り上げて行くうえで重要な存在といえるDIY Space For Londonを、いつまでも応援し続けていきたい。

著者プロフィール

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Ken Kobayashi

ロンドン在住の宅録シンガー・ソングライター。日本、ドイツ、イギリスにルーツを持つ自身のバックグラウンドとほとばしる好奇心を生かし、ラテン、ボサノヴァ、エレクトロ、ブリット・ポップなど多種多様なジャンルを咀嚼した良質なポップ・サウンドを奏でる。これまでに自主レーベルSound Dust Recordsより2枚のアルバム「 My Big Foot Over The Sky 」「 Maps & Gaps 」を、P-Vineより「 Like The Stars 」をリリースしている。最新作はシンガーKanadeとコラボしたシングル「 ハグ 」と「 アカイソラ 」。夢は世界一周。Facebook / Twitter / soundcloud / instagram

Photos: Yuniii and Sara Amroussi-Gilissen , Retouching:Sara Amroussi-Gilissen

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