ホットなグライム、クールなカウンシルフラット【Ken Kobayashiのロンドンところどころ Vol.3】

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ロンドン在住のシンガー・ソングライターKen Kobayashiによるコラム。さまざまな人種や言語が交錯する世界的文化都市であり、また自身の生まれ育った場所でもあるロンドンの街中で出会った、音楽やカルチャーにまつわるあれこれを綴ります。
今回はMura Masaからはじまるイギリスのレトロな公共住宅「カウンシルフラット」と、いま人気の音楽ジャンル「グライム」のおはなし。

MVに使われがちなカウンシルフラット

みなさんはMura Masaをご存知だろうか。イギリスとフランスの中間に浮かぶガーンジー島出身で、いまはロンドンを拠点としている若干22歳の音楽プロデューサーである。Gorillaz(ゴリラズ)のDamon Albarnをはじめとする豪華アーティスト陣とコラボして製作されたデビューアルバムが、今年のグラミー賞最優秀ダンス/エレクトロニックアルバムにノミネートされたほか、アートワークの面に関しても「 What If Go 」に出てくるNishika N8000(3Dカードが作れるレトロカメラ)を使用した立体的でアナログな質感のフォト・アニメーションがDRAM「 Broccoli feat. Lil Yachty 」DJ CHARI & DJ TATSUKI「ビッチと会う」など世界各国のミュージシャンにフォロワーを生み出している、いまロンドンのエレクトロ・シーンで最も影響力のあるアーティストのひとりだ

そんなMura MasaのMVを眺めていると、イギリスのレトロな公営住宅であるカウンシルフラット() を舞台にしているものが多いことに気づく。上で挙げた「 What If I Go 」もそうだし、Charli XCXをフィーチャーした「 1 Night 」のMVでもその姿が垣間見られる。なかでも「 Love$ick ft. A$AP Rocky 」では大々的にフィーチャーされていて、恋に遊びに忙しいカウンセルフラットに住む若者3人の日常生活がストーリーの中心となっている。

Londres vu par ken kobayashi 03 grime and council flat「 Love$ick 」の舞台は東ロンドン・ハックニー地区のカウンシルフラットだ

じつはMura Masa以外のMVでも、カウンシルフラットが出てくるものは少なくない。たとえばロンドンの文化・居住複合施設であるバービカン・センターの前でDua Lipaが歌う「 Blow Your Mind 」や、おなじくロンドンにある有名な公営住宅、トレリック・タワーがフィーチャーされたMabel「 Thinking Of You 」など、イギリスのミュージシャンのあいだで近年徐々にその数を増やしている印象がある。極めつけは北アイルランドで撮影された「 We Found Love 」。なんとアメリカのスター・シンガーRihannaまでもがMVに登場させているのだ。

MabelMabel「 Thinking Of You 」スクリーンショット。彼女の背後にある建物がトレリック・タワー

なぜいまMVの舞台としてカウンシルフラットが選ばれがちなのか。それにはカウンシルフラットと、いまイギリスで人気のある「グライム(Grime)」との密接な関係が強く影響している。

ホットなグライム、クールなカウンシルフラット

グライムとは、簡単に説明すると2000年代初頭に東ロンドンで生まれたヒップホップとダンスホールレゲエの要素を持ったラップ・ミュージックのこと。近年はシーンを代表するアーティストSkeptaやStormzyのヒット曲によって世界的に注目されるようになったほか、2015年にはKanye Westがブリット・アワードで25人のグライムMCたちと共演したことで話題になるなど、いまやトラップと双璧をなすクラブ・ミュージックとして広く認知されつつある。

この音楽を盛り上げる中心的役割を担ったのは、貧しい家庭に生まれ育った東ロンドンの若者たちだ。その関係で、黎明期を築いたグライムMCたちはカウンシルフラットの出身であることが多く、ジャケットやアーティスト写真、MVなどには彼らの"地元"が頻繁に登場する。そしてグライムがメジャーになるにつれ、アーティストのファッションや言葉遣いと同じく、カウンシルフラット自体も"クール"なものとして捉えられるようになった。ヒップホップのファッションやアートセンスがいまや一般の若者にも浸透するようになっている状況と似たようなもの、と思えばわかりやすいかもしれない。

つまり俗な言い方をすれば、カウンシルフラットはいま若者のあいだで「オシャレ」な存在となっているのだ。Mura MasaやDua Lipa、Mabelは決してグライムを代表するアーティストとはいえない。にもかかわらず、彼らがカウンシルフラットをフィーチャーするのは、最先端の音楽であるグライムのクールなイメージを使って、リスナーへの訴求力を高める効果を狙っている、とも言えるだろう。

人びとがカウンシルフラットに惹きつけられる理由

ちなみにカウンシルフラットは、イギリス社会においてこれまでも興味を引くトピックであった。その理由のひとつには、'60〜'80年代に建てられたカウンシルフラットの多くにブルータリズム建築の手法が採用されている点が挙げられる。ブルータリズムをひとことでまとめるのは難しいけれど、簡単にいうと上記のMVにも登場するバービカン・センターやトレリックタワーのようにコンクリートの持つ"荒々しさ"を強調したスタイルのこと。当時は斬新なデザインで、建設コストも抑えられたため、第二次大戦後の不況下にあったイギリスの公営住宅には盛んにこの手法が取り入れられた。「無骨で華やかさがない」「経年劣化が目立ちやすい」などの批判もあるが、ブルータリスト建築は当時の貴重な遺産とおおむね評価されている、といえるだろう。

上記SkeptaのMVにも登場する、ブルータリズム建築のバービカン・センター。なお、ロンドンの一般的なカンシルフラットの住人は貧困層が中心だが、この施設は金融街付近にある関係上、建設当初から富裕層〜中産階級の住民が多い©︎Sara Amroussi-Gilissen
上記SkeptaのMVにも登場する、ブルータリズム建築のバービカン・センター。なお、ロンドンの一般的なカンシルフラットの住人は貧困層が中心だが、この施設は金融街付近にある関係上、建設当初から富裕層〜中産階級の住民が多い

くわえて、イギリスにおける公営住宅の数が過去に比べて減り、その存在自体が失われつつある点も大きい。'90年代以降、新規建設が停滞しただけでなく、老朽化したカンシルフラットが各地で取り壊されており、政府が割安で提供する賃貸物件の数は下降線をたどる一方だ。ロンドンの場合、公営住宅が取り壊された跡地に高級マンションが建てられる(いわゆるジェントリフィケーションに巻き込まれる)ケースがほとんど。一時立ち退きを強いられた住民は、よほど幸運でもないかぎり再開発後の値上がりした家賃や購入費が払えず、かつて住んでいた場所に戻れずにいる。

南ロンドン最大規模の団地だったアリスバーリー・エステートの跡地。2009年に取り壊されたあとは高級新築マンションの建設が進む©︎Sara Amroussi-Gilissen
南ロンドン最大規模の団地だったアリスバーリー・エステートの跡地。2009年に取り壊されたあとは高級新築マンションの建設が進む

そのため過去そこに住んでいた(あるいはいま住んでいる)人にとって、いまだに壊されず残っているカウンシルフラットはある意味“よき時代”のシンボルで、ノスタルジーをも喚起する存在となっている。また、カウンシルフラットを擁護することが、ジェントリフィケーションに反発する運動の一環をなすこともある。

このようにグライムの流行を別としても、建築的、社会的、歴史的な要因が複雑に絡まって、カウンシルフラットは人びとの興味を引く存在であり続けているのだ。

リアル・ロンドン観光のすすめ

カウンシルフラットが「オシャレ」なものとしてポップ・ミュージックのMVに頻繁に登場するようになったいま、この状況を快く思わない声もある。作品によってはイギリスの一時代を語る建造物という側面を無視し、ただ「流行っている」という理由でそれらの場所をビデオの舞台に使っているように見えるからだ。とはいえ、彼らの活躍によって普段見落とされがちなロンドンのリアルな風景が世界中の人に発信されたことはまぎれもない事実だし、それ自体は多少なりとも意義のあることだと思う。

もしこれからロンドンを訪問する機会があれば、ビッグ・ベンやタワーブリッジなどの有名なランドマークだけでなく、バービカン・センターや、トレリックタワー…いや、もっとマイナーな、東や南ロンドンの名もないカウンシルフラットをのぞいてみてはいかがだろう。このコラムを読み終えたいまのあなたなら、目の前に広がるリアルなもうひとつのロンドンが、ことさら魅力的に見えているはずだから。

著者プロフィール

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Ken Kobayashi

ロンドン在住の宅録シンガー・ソングライター。日本、ドイツ、イギリスにルーツを持つ自身のバックグラウンドとほとばしる好奇心を生かし、ラテン、ボサノヴァ、エレクトロ、ブリット・ポップなど多種多様なジャンルを咀嚼した良質なポップ・サウンドを奏でる。これまでに自主レーベルSound Dust Recordsより2枚のアルバム「 My Big Foot Over The Sky 」「 Maps & Gaps 」を、P-Vineより「 Like The Stars 」をリリースしている。最新作はシンガーKanadeとコラボしたシングル「 ハグ 」と「 アカイソラ 」。夢は世界一周。
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※地方自治体(council)が建てた住宅(flat)のこと。日本でいう各市町村、都道府県が建てた公営住宅、いわゆる団地に近い。イギリスでは戦後〜1980年代まで、"ゆりかごから墓場まで"と呼ばれる当時の手厚い社会福祉政策のもと、90年代にその勢いが停滞するまで次々に建てられた。同時に、割安の家賃で低所得者(特に失業者、難民やシングルマザーの家庭など)が優先的に住めるシステムも確立。そのような背景から、カンンシルフラットは古い建物が多く、歴史的に貧困層との結びつきが強い。(本文に戻る)

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