ビートルズ・ファンを惑わすアビイ・ロード・ステーション【Ken Kobayashiのロンドンところどころ Vol.2】

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ロンドン在住のシンガー・ソングライターKen Kobayashiによるコラム。さまざまな人種や言語が交錯する世界的文化都市であり、また自身の生まれ育った場所でもあるロンドンの街中で出会った、音楽やカルチャーにまつわるあれこれを綴ります。
今回は英国が誇るスター、ビートルズとアビイ・ロードのおはなし。

アビイ・ロードとアビイ・ロード駅

アビイ・ロード

ビートルズにとって12作目のアルバム「アビイ・ロード」は、彼らが最後に一致団結して録音した事実上のラストアルバムだ。当時いつ解散してもおかしくないほどメンバー間の仲が険悪になっていたが、ポールの「もう1枚だけみんなでアルバムを作ろう」という呼びかけに他メンバーたちが応えて作られた奇跡的な作品で、とくにBサイドのメドレーはバンドの集大成として音楽ファンから非常に評価が高い。個人的には「 サムシング 」や「 ヒア・カムズ・ザ・サン 」が大好きだ。アルバム自体を聴いたことがない人でも、録音で使用したアビイ・ロード・スタジオの前にある横断歩道( ゼブラ・クロッシング )をジョン、リンゴ、ポール、ジョージの4人が渡っているジャケット写真(やこの構図をマネした写真)を一度は目にしたことがあるはず(上記写真参照)。

下の写真でぼくがいる場所はアビイ・ロード駅。ドックランズ・ライト・レイルウェイ( DLR )線の駅のひとつで、ロンドン中心部にある駅Charing Crossから電車で東に40分ほどいったところに位置している。

Londres vu par ken kobayashi 02 abbey road08©︎Rie Fukuda

その名が表すとおり、あの有名なスタジオやゼブラ・クロッシングに行くための、観光に便利な最寄駅…と、多くのひとが思うだろう。じつはこの駅、ビートルズのアルバムとはまったく関係がない!アビー・ロード・スタジオとゼブラ・クロッシングの実際の最寄駅はロンドンの北西に位置しているジュビリー線セント・ジョンズ・ウッド駅。アビイ・ロード駅からは15kmもはなれた場所だ。だから、ここで降りたところでお目当てのスタジオも、かつてポールが裸足で渡った横断歩道もあるはずはなく、目の前にはただただ閑静な住宅街が広がっているだけである。

期待を胸にアビイ・ロード駅を訪れた観光客にとっては絶望的な光景だ©︎Rie Fukuda期待を胸にアビイ・ロード駅を訪れた観光客にとっては絶望的な光景だ

アビイ・ロードはどこにでもある

ビートルズとは縁もゆかりもない場所なのに、なぜそんなまぎらわしい駅名が使われているのだろうか。答えは簡単。近くにたまたまビートルズのアルバムと同じ名前の道があって、それが駅名に採用されたからだ。

そもそも「アビイ・ロード」とはイギリスではありふれた道の名前なのだ。"Abbey"は日本語でいう「修道院」のことで、すなわちアビイ・ロードとは「修道院に続く道」という意味。この国には修道院(あるいはむかし修道院が建っていた場所)がどこにでもあるので、当然"Abbey"が名前につく道も多い。ぼくが調べたかぎりでは、Abbey StreetやAbbey Avenue、Abbey Laneなどのバリエーションも含めるとロンドンだけでなんと計15ヶ所も存在している(そのなかでアビイ・ロードは6つ)

一方でビートルズのアビイ・ロードも、完成したアルバムの名前に悩んだ彼らが、たまたまスタジオの目の前を通っていた道の名前をそのままタイトルにしたものである(当初はアルバム名を「エベレスト」にする案もあったそう)。それなのに、目をつけられたのが幸か不幸か英国きってのスーパースターだったがために、よくある名前がついた道が「(ビートルズがジャケット写真に使った)ワン&オンリーな"アビイ・ロード"」になってしまったのだ。

日本のケースでたとえると、本来神社や寺院に入るメインストリートを意味している「表参道」が、東京都内の地下鉄の駅名に採用されたことで、(その由来でもある)明治神宮に向かう表参道そのものの固有名詞のようになっているのと似ているかもしれない。

ゼブラ・クロッシングをお探しのデイ・トリッパーのみなさまへ

外国からロンドンを訪れる観光客やビートルズファンの中には、このような事情を知らずに、アルバムの録音に使われたスタジオとゼブラ・クロッシングを求めてアビイ・ロード駅に降り立つひとも多いらしい。これじゃあ、せっかくの旅行気分も台無しだ。

しかしご安心を。駅にはそんな観光客を救うために( あるいは彼らに追い討ちをかけるために )、こんな注意書きを設置している。

Abbey Road Station Poster©︎Rie Fukuda

メッセージの日本語訳

ゼブラ・クロッシングをお探しのデイ・トリッパーのみなさまへ
ビートルズの足跡をたどるマジカル・ミステリー・ツアーの途中で、あの場所やこの場所、そしてすべての場所を見尽くしたような気分に浸っていますか?それならわたしの前を通り過ぎないでください
残念ながら、あなたはまちがったアビーロードにたどりついてしまいました。でも大丈夫、なんとかなります。あなたが正しい場所へゲット・バックできるよう、私たちがヘルプしてあげましょう。
それじゃあいっしょにカム・トゥギャザー、まずはドックランズ・ライト・レイルウェイ線に乗ってここから一駅先のウェストハム駅へ行きましょう。目的のアビイ・ロードはそこからジュビリー線に乗り換えて、セント・ジョンズ・ウッド駅を降りたところにあります。そちらへお向かいの際は、乗車券が必要ですよ。

ビートルズの曲名を巧みに使いながら、正しい最寄駅に案内してくれているこの注意書き。ロンドン地下鉄がオフィシャルに用意しているものなのに、ビートルズファンならずとも思わずニヤリとしてしまうジョークで溢れている。熱狂的ビートルマニアなら、むしろこの注意書きを実際に見るためにわざわざアビイ・ロード駅に行きたい、と思う人も多いのでは?

というか、ぼくがそのビートルマニアのひとりです笑©︎Rie Fukuda
というか、ぼくがそのビートルマニアのひとりです笑

ちなみにアビイ・ロード駅は、ロンドン・オリンピック開催に向けて2011年にオープンした比較的あたらしい駅だ。じつは開設当初より、まさに「駅名がビートルズのアレとまぎらわしい」という理由で地元住民から改名を訴える声が上がっていたらしい。しかしロンドン地下鉄は、そんな声への対応(?)として、いまのところは冗談交じりの注意書きを立てただけ。要望どおり素直に駅名を変えれば、住民のみならず観光客にとっても助かるはずなのに、そのかわりにジョークを駆使してなんとかしようとするところが、なんとも皮肉好きなイギリス人らしいところである。まちがえて来てしまったひとにとっては冗談じゃすまされないはずなんだけど。

著者プロフィール

Ken profile photo

Ken Kobayashi

ロンドン在住の宅録シンガー・ソングライター。日本、ドイツ、イギリスにルーツを持つ自身のバックグラウンドとほとばしる好奇心を生かし、ラテン、ボサノヴァ、エレクトロ、ブリット・ポップなど多種多様なジャンルを咀嚼した良質なポップ・サウンドを奏でる。これまでに自主レーベルSound Dust Recordsより2枚のアルバム「 My Big Foot Over The Sky 」「 Maps & Gaps 」を、P-Vineより「 Like The Stars 」をリリースしている。最新作はシンガーKanadeとコラボしたシングル「 ハグ 」と「 アカイソラ 」。夢は世界一周。
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