日本のサンプリング・カルチャーは未来の音楽体験を変える可能性を秘めている

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ドイツのミュージック・プラットフォームMajesticの運営するオウンドメディアmajesticjournalにて、Japanese Sampling Cultureと題された興味深い記事が掲載されていました。

Japanese Sampling Culture

Majesticのコンテンツの中では若い写真家やイラストレーターの作品と最新のクラブ・サウンドをmixしたオーディオストリーミングをハイペースにアップし続けるYouTubeチャンネルやSpotifyのプレイリストが日本でも有名ですね。インターネットを中心に世界のインディー・エレクトロ/ダンスミュージックのトレンドを追いかけている、音楽に深い情熱をもっていながらも現場感に欠けるようなひきこもりクラバーなら誰しも一度はお世話になっていると思います。

そんなことはさておき、今回取り上げるPaulina Praphanchith氏によって書かれた記事は、YMOからはじまってHyde Out Production、そしてlee (asano+ryuhei)を例に挙げながら日本で育まれたサンプリング文化の変遷やその特徴を論じる内容となっています。おそらく日本のジャーナリズムからは出て来ないだろう独特さがあっておもしろく読めると思いますので、以下日本語に訳しました。ご興味あるかたはぜひご覧ください。

日本のサンプリング文化はテクノロジーと音楽が融合した素晴らしいサンプルである

Lee(asano+ryuhei)

もし世界の国々がみんな高校生になってカフェテリアでランチを共にするとしたら、日本は確実にイケてるヤツらが集まるテーブルに座っていることだろう。彼らはいつもおしゃれな最先端ファッションで着飾り、誰の口にも合う食文化をもっている。さらに重要なのは、彼らの音楽が育んだサンプリング文化が多くの音楽家に影響を与えていることだ。テクノロジーの分野においても、日本はつねにその他の国をリードする存在として知られている。年を経るごとに急速にかたちを変えるテクノロジー分野におけるさまざまなメソッドが、現在の音楽シーンに影響を与えるとしても驚くべきことではないだろう。近年サンプリングミュージックの特徴は、そのソースがゲームであれ、TV番組であれ、前時代の音楽であれ、またはバイラル化したインターネット・ミームであれ、ほぼすべての音楽ジャンルで現れるようになった。

まずは日本のゲーム・シーンから見ていこう。日本のゲームはいま広く関心をあつめていて、ポップカルチャーにおいて重要な役割を担っている。なかでもスーパーマリオブラザース、パックマン、ゼルダの伝説は特別な存在だ。日本のミュージシャンたちは、それらの魅力的なアーケード・ゲームに使われている殊勝なサウンドをポップミュージックに取り入れるという義務を見事に果たした。たとえばYMOでいうと、マーティン・デニーの1959年の作品「Firecraker」にくわえてスペース・インヴェーダーサーカスなどのアーケード・ゲームをサンプリングし、なつかしくもあたらしいサウンドに仕立て上げたヒットソングComputer Game(1978)が彼ら自身の功績を説明する好例として挙げられるだろう。

YMOはシンセ・ポップにおけるサンプリング文化を開拓した存在として評価が高いが、それは単なる一カテゴリーに止まることなく、その裾野を広げている。なかでもヒップホップにはその文化が根強く浸透していて、最近ではLo-Fiヒップホップが世界的にあらたな展開を見せているが、そのなかで録音テープが生み出すヒスノイズやオフビートなハイハットのリズム、ドリーミーでヴィンテージ風のフィルム映像などの垣根を超えて、それらをひとまとめにするような"日本的な"サンプリングがさまざまな楽曲の中で確認できる。とくにNujabesやUyama Hirotoなどの日本のミュージシャン/プロデューサーは、しばしばいまのモダンなヒップホップ・シーンにおいて大きな影響をあたえた二人と見られている。

Nujabesのステージネームで知られる日本のプロデューサー瀬場 淳は、このLo-Fi ヒップホップにおける"建国の父"のひとりである。2010年に急逝して以来、残念ながら彼の新曲は聴かれなくなってしまったけれど、彼の功績はいまだに生きており、かつシーンに影響を与える存在であり続けている。彼の音楽はヒップホップとジャジーなビートを混ぜ合わせ、スモーキーながら心暖まるメロディーを紡ぐ独特なスタイルで作り出されているものだ。

彼の曲のなかでもとくにファンに愛されている「World’s end Rhapsody」は、曲中欠かせないサウンドとしてQuadraphonicsの「Betcha If You Check It Out」をサンプリングしていながら、特に途中のピアノやボンゴドラムのような、そよ風のように響き渡る楽器の音色がこの傑作に相応しい句点を与えている。瀬場のキャリアを通して、Uyama Hirotoを含む、強い絆で結ばれたパートナーグループを結成していた(註:Hyde Out Productionのこと)。HirotoのスタイルはNujabesのそれと近似しており、どちらもリスナーに対してジャスに根ざしたRelaxin'なダウンテンポを提供してくれる。

そしてひとりのミュージシャンが、さまざまなジャンルに広がりを見せている日本的サンプリングの手法をさらにもう一段階上のレベルに押し上げつつある。1987年生まれ、福岡県北九州市出身、タイ・バンコク在住のビートメイカー/プロデューサー、lee (asano+ryuhei) がその人だ。彼のFacebookページのプロフィールによると、彼は「周りにあるすべてのもの」から影響を受けているという。ほかのミュージシャンたちがひときわシンプルにサンプリングを使用しているなかで、leeはさまざまな要素を融合し、カラフルなアンサンブルに仕立て上げる。彼のほとんどの曲は歌詞を伴わないものであり、音楽的な部分で約束されるのは断続的に挿入されるサンプリングのみだ。彼のトラックの多くはダウンテンポでジャジーなビートにダイアローグのサンプリングを内包させることによって、空間的な感情をにじませている。

ノスタルジーとは、わたしたちにある時代からまた別の時代へとおもいを巡らせることを許す喜ばしい感情である。日本のアヴァン・ギャルドなサンプリング・カルチャーの存在は、音楽を通してノスタルジーを喚起する。小さなHit Clips(ヒット曲が10秒間だけ流れるミニカセットを入れ替えて楽しむ子供向けのおもちゃ)を買って、何度も繰り返し聴いたことをあなたもおぼえているだろう。あるいは友人たちに愛情をしめす一番の方法が彼らに自分のお気に入りの曲を入れたCDを焼いてあげることだった高校時代や、やたらとデカいデスクトップからライムワイヤーで音楽をダウンロードする行動に身を捧げた日々を。テクノロジーは現在根本的に最高到達点にあり、日本はそういったイノヴェーションの最先端にいる国、といえる状況で、彼らの音楽におけるサンプリング文化は、来るべき時代のための音楽制作やリスニング体験を変化させる可能性を秘めている。(了)

ちょっとした解説

日本のサンプリング文化、といっている割には'70年代のYMOの次に扱うのが2000年代のNujabesと、ごっそり30年分、サンプリング文化を支えた日本のミュージシャンの"サンプル"を例示してなかったり、現在のカテゴリでは前二組にくらべると決してメインストリームと言えないasano+ryuhei氏を取り上げたりと(彼の素晴らしさと実際の知名度はもちろん別問題ですが)、いろいろな面でアクロバティックなところはありますが、外国文化で育った人間にとって日本の音楽がどう捉えられているかを知る一例としては魅力的な記事だと思います。ただ筆者がニューヨーク在住の音楽ジャーナリストということや、最終セクションでの思い出の内容などから考えると、これは海外での一般的な考え方というより、アメリカ合衆国のサンクラで音源digするのが一般的な世代に出現した意見のひとつにすぎないものであり(日本国内でNujabesをメジャーに引き上げた存在としてかなり大きい錦織圭も長い間拠点はマイアミに持っているし)、それ以上のものとして評価するのは危険なことかもしれません。

しかし、「日本はテクノロジーで世界をリードする存在」という過去の事実を現行の問題として敬意を評しながら論じてくれているのがむしろ日本にいる我々のノスタルジーをくすぐりますね。そして日本の"いま"がアメリカ合衆国にはまだまだ何も知られていないことの証左となっている気がする。あるいは知る必要もないのでしょうか。

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