小西康陽「わたくしのビートルズ」出版記念トーク・イヴェントレポート@ SPBS

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去る4/18、渋谷にある書店&出版社のSPBSにて音楽家・小西康陽さんによる10年ぶり、ファン待望のヴァラエティ・ブック「わたくしのビートルズ」の出版記念トーク・イヴェントが行われました。用意された50席が即日完売した人気イヴェントに幸運なことに参加できることができましたので、以下にその様子をレポートします。

「わたくしのビートルズ」について。

わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019小西康陽『わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム 1992-2019』
(朝日新聞出版)
A5判 416ページ ¥3,564(税込)
2019/4/19 発売

「わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム 1992-2019」は、「これは恋ではない」(幻冬舎)、「ぼくは散歩と雑学が好きだった」(朝日新聞出版)につづく、小西康陽さんによるヴァラエティ・ブック。1992年に雑誌Gulliver(マガジンハウス)に掲載されたライター小西康陽によるムッシュかまやつインタヴュー記事を皮切りに、2019年までの26年間に様々なメディアで書かれたコラムやコント、レコード評、インタヴュー、対談、映画メモ、映画レヴュー、未発表原稿、2013年から2018年までに綴られた日記(ツイート)を厳選して収録。さらに今回は植草甚一のヴァラエティ・ブック「知らない本や本屋を捜したり読んだり」よろしく、マンガ家・西村ツチカさんの書き下ろしマンガ8Pも掲載するなど、全416ページに及ぶ圧倒的な量の文章(や写真、イラスト、マンガ)が遊び心溢れるレイアウトデザインによって、どこからでも読み始められる、何度読んでも味わい深い、どれだけ読んでも決して飽きることのない一冊として仕上げられています。

イヴェント・レポート

平日の夜に開催されたにもかかわらず超満員のSPBSにて、ゲストに小西さんの若い友人のひとりである「電話・睡眠・音楽」でおなじみの漫画家・川勝徳重さんを迎えて行われた今回のイヴェント。司会の出版社側の編集チームのひとりである小梶さんが掲げたテーマは「まだこの本を読んでないひとためのブックレヴュー」というものでした。

このテーマを聞いたときは会場にいる誰もが「ネタバレしない程度に『わたくしのビートルズ』の面白さを掲載誌などを示しながら簡単に紹介していくのだろう」と思ったでしょう。しかし、フタを開けてみると、小林信彦「東京のロビンソン・クルーソー」を引きながらヴァラエティ・ブックとはなにかについて話したり、小西さんによる現実と創作の合間を行き交う艶のある掌編ストーリー、通称「小西康陽のコント」と東郷青児「戀愛譚」や安西水丸「青インクの東京地図」などとの関連性を話したり、「知らない本や本屋を捜したり読んだり」に捧げられたオマージュの一部を紹介したり、川勝徳重さんのツイートのスクショをスクリーンに映し出しながら(「ツイートってスクショされるんですね、怖いですね」by川勝徳重)、川勝さんが小西さんのヴァラエティ・ブックに対するコメントしたり、印刷で小西さんの望む昭和の単行本のような濃い黒を出すためのインクの量の話だったりと、まるで小西康陽研究ゼミの一講義であるかのごとく非常にマニアックな話の連続となりました。会場に集まった50人の聴衆の大多数がこれまで刊行された「これは恋ではない」「ぼくは散歩と雑学が好きだった。」のいずれか、あるいは両方の読者だったそうですが、すべてのトークについてこれた方は2割に満たないんじゃないか(特に小西さんの川勝さんに対する「COMとガロのマンガ家でそれぞれ好きな一人を挙げるとしたら?」という投げかけに端を発した登壇者ふたりによるマンガ談義についてはホントに全員が置き去りにされてたような気がします)、と心配になるくらいでしたが、みんなそういう話を聴きに来ていたと思うのでそれはそれで良かったのでしょう。

ゲストの川勝徳重さんのお話や佇まいもすごくステキでした。会場のほとんどを占める彼よりも年上の人たちが知らないこと(昭和初期〜中期のマンガについて)を、小西さんのコメントに対応してつつがなく、しかし柔らかい語り口で繰り出していく姿に、誰もが大器の片鱗を感じたはずです。

わたくし(なり)のビートルズ

さて、そんな風に滞りなく進んでいったこのイヴェントですが、なかでも一番のハイライトは終了間近に行われた以下のような会話でしょう。

小西さん:ビートルズの何がいちばん偉かったかというと、非常に多くの若者に自分にもビートルズみたいなことができるんじゃないかと思わせたこと。
ぼくの書いた本も、読んだ人はかならず『これくらいならオレにも書けるんじゃないか』と思ってくださるみたいで(笑)

川勝さん:小西さんのおっしゃる通りで、ぼくは最初にガロという雑誌を読んだときそう思ったんですけど、小西さんは書く文章も、曲も、その生き様全部において、何の取り柄もない人たちに『何かぼくにもできるんじゃないか』と思わせる、そんな力を持っていると思うんです

川勝徳重さんの発言は小西康陽さんを好きなひと、小西康陽の書くもの作る曲かける曲出るイヴェントやるパーティそのすべてに可能な限り触れたいと思うほどに偏愛する人びとが、なぜ彼を愛しているのかについてのひとつの明確な答えのようなものでもあるし、小西さんの話は「わたくしのビートルズ」というタイトルを、この本のあとがきに書かれたオフィシャルな理由以上に深読みしてみたくなるものではないでしょうか。たとえば、わたくしのビートルズとはすなわち「(これまでのわたくしの活動は)わたくしの(考える)ビートルズ(の普通の人たちに『何かぼくにもできるんじゃないか』と思わせた最も偉大な部分をわたくしなりに体現してきてものです)」ということで、この本はそういった小西さんの活動の集大成のひとつである、と考えてみることもできるでしょう。そう考えると、いつもあらゆる趣向を凝らし、同じ作品でもCDとLPで違うカヴァーになっていたりすることが多かった小西さんが、ジャケットにNHKラジオのレギュラープログラム「これからの人生。」のアイキャッチやキャリア作品集「素晴らしいアイディア」のカヴァーと同じく小西さんの原風景のひとつ(かつ「レディメイドが比較的自由に使える手持ち素材」(小西さん談))である雪景色の写真を採用していることも、読者と本当の触れあいかたを著者側が限定しない(いつでもどこからでも読みはじめられていつでも読み終えられる)ヴァラエティ・ブックという形態を愛していることも、ひいては音楽や映画、文章、デザインすべてにおいて軽やかなもの(作り手の苦労を受け手に感じさせないもの=わたしにも作れそうと思わせやすいもの)を好んでいることも、そのすべてに合点が行くような気がします。

もちろん、あとがきにも「手元にはいますぐもう1冊ヴァラエティ・ブックが作れるくらいの文章が残っている」と書いてあるとおり、これで完全に終わり、ということではないでしょうけれど、小西さん自身は「これで最後かもしれないと思って」この本を作ったという話がウソではないことが、上記の発言を通してうかがい知れるのではないでしょうか。

(ちなみにこのやりとりの間には昨年の暮れに起こった小西さんと彼の父親とのとあるエピソードを披露してましくれたが、それはイベントに行った人たちだけの秘密にしておきましょう)

そしてそんな小西康陽ファンにはたまらない会話が行われたところで、イヴェントは時間いっぱいで打ち止めに。司会の小梶さんは冒頭で「イベントの値段が4000円で単行本が3564円だから、今日は436円分のゆるい感じでやります」なんてうそぶいていましたが、60分強があっという間に過ぎてしまうような、お金では量ることのできない価値で満たされた時間を過ごすことができました。

最後になりましたが、みなさまも小西さんの並々ならぬ想い(と編集者さんたちの血のにじむような作業)がいっぱい詰まった今回の単行本、ぜひ読んでみてください。最悪読まなくてもいいのでぜひお近くの(近くにないなら遠くの)書店に足を運んで、実際に手にとってみてほしいと思います。

Konishi my beatles publishing event01

わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019
小西 康陽
朝日新聞出版 (2019-04-19)
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