高浜寛「ニュクスの角灯」(1)レビュー 文化的にプリミティヴな感情を描く

投稿日:10/02/2016 更新日:

  

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高浜寛(たかはまかん)さんの新作マンガ「ニュクスの角灯(ランタン)」を読んだら、あまりにも素晴らしくていても立ってもいられなくなりました。

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作品情報。

現在リイド社発行のコミック誌「月刊コミック乱」で連載中の「ニュクスの角灯」は、天草出身の女性漫画家・高浜寛さんによる初の長編連載作品。明治初期(1878年)の長崎を舞台に、西南戦争によって唯一の身寄りであった父親と死別し親戚の家で育てられることになったものの、(当時女性にとって必要だと考えられていた)家事一切が不得手で、さらに触ったモノの過去と未来が見えるという不思議な能力(作中では神通力と呼ばれている)を持つためにみなから疎まれ、家に居場所をなくしていた主人公の美世(みよ)が奉公先を求めて鍛冶屋町の道具屋「蛮」を訪ねることからはじまります。当時の時代背景や世相にも言及しつつ、岩じいや店主・小浦百年(ももとし)ら道具屋で働くひとびと、そしていまだ出島があった長崎とはいえ、いまだ鎖国の影響色濃い時代に海外から運ばれてくる様々なモノと触れあいながら成長していく、というようなストーリーになっています。

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人間にとって文化的にプリミティヴな感情を描く「ニュクスの角灯」

これまではどちらかというと人間が生きていくなかで現れる闇の部分に焦点を当てた、ダウナーな、読後に感情がネガティヴに振り切れてしまうような、喩えるなら闇金ウシジマくんのような作品ばかりを描いていたような印象を受けていた高浜寛さんですが(この「ニュクスの角灯」と同時発売された作品集「SADGiRL」はまさしくそんな感じ)、今作ではガラリと変わって、これぞマンガ、というような、言ってしまえばドラえもんみたいなマンガになっていたことにまず驚いた。それは連載作品だから読者に寄り添うかたちの作品にしよう、と意図したのかもしれません。

それはともかく、作中店主の百年が第3回フランス万博を訪れ、そこで観たり触れたりしてきたものの中から輸入してきたという品々は、チョコレートやミシン、蓄音機、メガネ、マジック・ランタン(スライドショーや映画の走り)など、現在においては日常的すぎて、もはや外国由来であることすら知らない人も多いのではないか、というようなものばかり。とはいえ、現代を生きる我々にとっては当たり前とされているそういったモノたちの出自や成り立ち、あるいは日本において最初期にはどのように扱われていたのかということも丁寧に描きつつ学ぶことができるのも、このマンガが素晴らしいと言えるひとつのポイントかもしれません(各話の末尾には作者による、その話のなかで扱われた舶来品の解説も付されています)。

しかし、このマンガのなかで最も感動的なのは、好奇心とか何かを知る喜びだとか、そういう人間にとって文化的にプリミティヴな感情を描くことが通奏低音のように作品のベースにおかれているところにあると思います。

それは主人公の美世の人物像や作中での描かれ方に垣間みることができます。「女は本なんか読むな」という亡き父の方針のもと育ったおかげで文字の読み書きもできず、さらに母親と暮らしていなかったために花嫁修業的な家事もまったくできないゆえ、人生の落伍者のように扱われてきたことで自分の感情を抑圧して生きてきた美世(作中、百年が美世に向けて言う「この子はねえ 自分の考えを言うだけで まるで戦場にでも行くようなんだよ」というセリフがそれを象徴しています)が、百年に促されながら文化の基本中の基本である文字を教わり("かな"より先にアルファベットから覚えるところがステキ)、そして同時に当時最先端の文化と言っていいであろう万博で展示されたようなモノにも触れていく展開、基本と最新という最大のカルチャーショックをサイマルテイニアスに体験するストーリーにはとても興奮させられるし、そしてそのどちらにも同じように興味を示し、驚き、知識として吸収できたことに喜びを感じ、「今までそれがすべててだと考えて生きてきた世界の外にはまだ知らない魅力的なものがある」ということを体感して、さらに興味の裾野を広げていこうとする美世の姿はとても感動的です。これは人間が人間として生きていく上で最も原初的で、常に失われてはならない態度である(だからこそ今の世界はある)と思うのですが、はたして何事もすでに知られている、知った気になっていると思わせるような世界で生きる私たちは、まだそういった態度で人生を歩めているだろうか、というと少し大げさに聞こえるかもしれませんが、とにかくそういったことを思わせてくれるものだと思うのです。

そんな作品を、なにかと行き詰まり感甚だしいこのご時世に読めること、あるいはそんな作品が生まれたことがホントにうれしい。わたしのなかではいまのところ九井諒子さんの「ダンジョン飯」と並び立つ、2010sにおける本質的な文化礼賛マンガの最高峰、といった感じです。

最後に。

とはいえこの作品はまだ連載中なので、今後どうなっていくのか、美世がこのままの状態で成長していくか否かは知る由もないですが、1巻の終わりのほうでも仄めかされていたように百年や、遊廓で生まれ育ったお針子のおたまさんの素性がこれから少しずつ詳らかになっていくとは思うので、おそらく単純な外の世界、未知のものに出会うようなところから、すでに知っていることのなかにも知らないなにかに出会い、また知らないことを見出い出していくようなサイクルにも言及されるのではないかと思いますし、あるいは知ることばかりがすべてではない、みたいなところも描いてくれるかもしれません。
そしてそんなこととは別に、作中でも扱われていますが「不思議の国のアリス」がストーリー全体の下敷きになっているところとか、これまでの高浜寛さんのダウナーな作風が旧態依然とした体制の描写と言う点で上手く昇華されているところもこの「ニュクスの角灯」は素晴らしい。久々に早く続きが読みたい、と思えるマンガに出会いました。次巻が待ち遠しいですね。

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