フリースタイル31「このマンガを読め!THE BEST MANGA 2016」レビュー ダンジョン飯と1万3000のマンガ

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フリースタイル31「 このマンガを読め!THE BEST MANGA 2016 」を読みました。

フリースタイル31 特集:THE BEST MANGA 2016 このマンガを読め!

いつもは雑誌や本、映画などのカルチャー全般にまつわるいい意味での与太話やコラムなどを掲載している雑誌「 フリースタイル 」ですが、今号は「 このマンガを読め! 」と題されたマンガ特集。これは毎年12月発売号で行われているもので、増刊で出していた頃も含めるともう十二年も続いている恒例企画で、呉智英さんや夏目房之介さんら名だたる識者、評論家をはじめ、書店員、編集者、ライター、ブックデザイナーなどのフリースタイル編集長曰く「 日本最強メンバー 」が、その年( 今回は2015年 )に発売されたマンガの中から10作品を選んでランク付け、集計してその年のベストマンガを決めよう、というものです。そんな企画で今回1位になったのは九井諒子さんによる「 ダンジョン飯 」でした。

トップは「 このマンガがすごい!2016 」でも1位のダンジョン飯。

「 ダンジョン飯 」は宝島社主催の同様の企画「 このマンガがすごい!2016 」のオトコ編でも見事1位に輝いていますが、フリースタイルのほうは比較的選者の年齢層が高く、かつ業界関係者が多いため過去( 貸本や劇画の時代やバンドデシネなどを含めた、日本や世界のマンガ史的観点からみての過去 )に一定の功績を残した人の作品や、あまり話題にはならなかったがある一定の嗜好を持つ人の心には必ず響くような作品、いわゆる"サブカル系"なマンガやアカデミックな趣向のあるマンガが上位に来ることが多く、一方で宝島社のそれは、もっとメジャーコンテンツ的というか、マスに訴えかけやすく、その後映画化、ドラマ化などにつながりやすいような、ある意味でポップな作品が多くを占めている印象を受けていたので、これら二つの年間ベストを決める雑誌企画で同じマンガが1位になるというのには驚きました。もしかすると初めてのことなのではないか。

ともあれ、それだけこの「 ダンジョン飯 」がどういう観点からみても素晴らしいマスターピースになる可能性を秘めている、ということなのかもしれません( なんて断定することなく推測みたいに言ってしまうのはまだこの作品が連載途中だから )。

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しかし気になったのは、どちらのダンジョン飯に関する選考コメントを読むと「 RPG的な世界の中でモンスターを倒して食べる、ファンタジー×グルメ漫画という設定が斬新 」とか「 モンスターがとても美味しそう 」とかあるいは「 とても美味そうには見えないが作品自体がおもしろい 」とか、似たようなことばかり書いてあったこと。漫画家のいしかわじゅんさんや中野晴行さんなんかは今号のなかで「 マンガのテーマ自体が狭いところにばかり行ってる嫌いがあるので、グルメマンガとしてはもうネタがない。だからモンスターを食べるくらいしか残されていない 」なんてニヒリスティックなことを言っていましたが。宝島社のほうはまあいいとして、せめてフリースタイルのほうはもっと突っ込んだことを誰でもいいから書いてほしかった、なんて思ってしまいます。

例えば、このダンジョン飯はファンタジーの世界を借りているだけで、実は人間がまだ狩りをしている時代、もっと言うなら狩りから農耕へと移行している、どちらも存在している時代の話であって、その時代に現代的な食文化( 栄養を摂ることに加えて目で楽しんだり味を楽しんだりする文化 )が存在していたと仮定して物語を構成しているのではないか、ということとか、だからこそ実は文献や痕跡などが残っていないだけで当時もグルメ的な食文化は形成されていたのではないかと想像させるとか、あるいは人間にとっての食の根源的な価値や楽しみ、さらにいうなら自然との付き合い方などが作品のなかで浮き彫りになっている、とかそういったことを書いてほしかった。いや、この感想自体があまりに独善的だし、いくら一位とはいえそんなことを書くための誌面など割けないことはわかっているのですけれど。

あまりポジティブに考えることができなかったランキングすらも愛せる編集後記。

あとこのフリースタイルでは、編集長吉田保さんによる編集後記に書かれていたマンガ発行部数とランキングに関する話が非常に印象的でした。無粋かもしれませんが以下に一部引用します。

マンガ全体の売り上げは下降傾向にあり、それを補うべく相当な数のマンガが今年( ※2015年 )は発売されたようです。1980年代当初、マンガの年間発行点数は1000点だったと聞いたことがありますが、いまや新刊だけで13,000点にも届かんとするような状態で、書店の悲鳴もいくつか耳にしました。そりゃあそうですよね。一日平均40冊以上の新刊が発行されていることになるわけですから。

もうずいぶんと前からですが、誰も( 発行される )すべてのマンガを読むことはできません。もちろん本書のアンケートに答えてくれた方々もすべてのマンガに目を通しているわけではないし、それぞれの好みもありますしね。だからというか、そんな状況の中から選ばれたベストには意味がないという意見にも実は理がなくもないのです。
( 中略 )
まあ、この世の中に絶対なんてものはないんだから、気楽な気持ちでマンガを楽しんでいただければいいのではないか

この文章を読むと、まず新刊が一年で13,000点も出ているという事実に非常に驚かされますね。その数字を見るだけで、その後に書かれているように、売り上げ順ならともかく、個人の嗜好に基づいてピックアップし点数をつけて集計したランキングなんてホントに無意味なもののように思える。そしてそんなことをランキング企画をメインにした雑誌の編集後記で書いてしまっていいのか、などと無駄にドキドキしてしまいますが、同時にランキングの新たな意味的なものが生まれたような気がするのです。すなわち、順位はもはや飾り、ただの掲載順を示す番号なだけであって、そこに取り上げられるすべてが星の数ほどあるモノの中から選ばれた、誰かにとって触れるべき価値があるものであるという風に捉えるべきなのではないかという事です。フリースタイルで言うと、発行された13,000点のなかでも掲載283点の作品がこの雑誌がターゲットとしている読者の誰かにとって何かしらの印象を残す可能性が高い、ということですね。だからもはやマンガのカタログ的な捉え方をすべきだし、そう考えたほうがより雑誌的な感じがするし、あまりポジティブに考えることができなかったランキングすらも愛せるような気がします。

さらに言うと、これまではひとりのマンガ好きとして「 おもしろいものは全部読みたい 」なんて青々とした感情を抱き、しかしそれは不可能なので煮え切らぬ思いを抱え、それくらいなら読まないほうがマシだ、なんてバカみたいなことを思って生きてきましたが、そんな考えすらも13,000という数字と上記の編集後記を読んで消え失せていきました。そしていま再びマンガを読むことが楽しくなってきているので、ホントにこの号を読んでよかったなと感じています。

最後に。

というわけで最後はなんとなく散らかった感想になってしまいましたが、メイン企画でダンジョン飯以下にランキングされたマンガもどれもとっても面白そうなので、気になる方は是非誌面でご確認くださいね。

フリースタイル31 特集:THE BEST MANGA 2016 このマンガを読め!
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関連リンク:フリースタイル26号レビュー まるで喫茶店で隣席の魅力的な話に聞き耳を立てるような雑誌。

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