冬川智子「ノストラダムス・ラブ」レビュー

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ノストラダムス・ラブの表紙アートワーク。装丁もかっこいい。

小学館より発行された冬川智子さんの最新コミック「 ノストラダムス・ラブ 」を読みました。

ノストラダムス・ラブ ( IKKI COMIX )
冬川 智子
小学館 ( 2014-04-15 )

作品情報&あらすじ

この作品は、2013年の一年間にわたり小学館コミック -IKKI 公式サイト「 イキパラ 」-で連載されたもの。ストーリーに関しては小学館のページに載っているあらすじを以下に引用します。

1999年7月。大学2年の夏休みを、村山桜は
憂鬱な気持ちで過ごしていた。
理由は「 ノストラダムスの予言 」。
世界が終わると信じている桜に、
アパートの隣人・森が突然交際を申し込んだ。
面食らいつつも、まったく接点のなかった
その隣人の申し出を受け入れた桜は...?

引用元:ノストラダムス・ラブ | IKKI COMIX | IKKI COMIX系 | コミックス | 小学館

今回発売されたコミックスには、サイトに掲載された12話に、単行本用に書き下ろされたエピローグを加えた全13話が収録されています。

作者の冬川智子さんは、2012年4月にイースト・プレスより刊行された「 マスタード・チョコレート
」で文化庁メディア芸術祭の新人賞を受賞した、新進気鋭の作家さん。おもにWEB媒体を中心に活動を行っているようで、実際、今まで単行本化された作品の大半は、今回紹介する「 ノストラダムス・ラブ 」と同様にどこかしらのWEBサイトで連載されていたみたいです。漫画家は雑誌連載が一般的、と思わされてきた私のような人間には、なんだか新鮮な感じがしますね。余談ですが、ほかにウラモトユウコさんとかナカGさんとかも、紙媒体でももちろん書くけどメインはWEB、といったかたちでマンガ作品を発表しているので、まだ紙が業界的にも敬意が払われているでしょうが、段々メジャーになりつつある発表形体なのかもしれません。

感想。

マンガのコマの大半には背景が描かれていないのです。

さて、データ的なものはこのくらいにして「 ノストラダムス・ラブ 」の話を。

冬川智子さんのマンガの素晴らしいところは、極限まで描写を省いていることだと思います。たとえば登場人物は基本的に無表情だし、コマ割りも比較的すっきりしている。今回紹介する「 ノストラダムス・ラブ 」の中で言えば、上に載せた写真にあるように、人物の会話やモノローグのシーンなどではほぼ必ず背景が描かれていないのです。もしかすると作画における経済的な理由、あるいは邪推するならテクニック的な部分でそうならざるを得ないのかもしれませんが、おかげでストーリーを追う読者にとってすごくオープンな、登場人物の感情を特定せずに読者それぞれの感性に委ねるような作品になっているように思うのです。
それは一般的なマンガ、というより小説など文芸的なものの読書体験に近いのかもしれない。そう思うのは、作中に出てくるセリフの回し方などに無理がなく、作者の中にある言葉だけを的確に使用している印象を受けたから、というのもあります。実際ストーリーも、ほとんどが主人公である桜の独白、あるいは頭で考えたもので進んでいくし、思考の視点は基本桜に固定されています。そういうところもまさしく小説的な印象をさらに強くしているのではないでしょうか。映画で言うなら、ちょうどロベール・ブレッソンやアキ・カウリスマキの作品のような感じかな、と思います。

このマンガで一番漫画的なコマ。

この「 ノストラダムス・ラブ 」はひらたく言うとひとつの成長物語、他のマンガ作品で言うならやはり高野文子さんの名作「 黄色い本 」の延長線上にあるものだとも考えることができそうです。しかし、主人公が幼さを捨てて大人へと歩み出していく、という行為を象徴する装置として「 ノストラダムスの大予言 」をチョイスするところなどをみると、あまり仰々しいことを言えない感じになってしまいそうですが、それもまたこのマンガのいいところ、ノスタルジーを感じつつユーモアもある素晴らしい選択ではないかと思います。

桜の独善的思考を端的に表すコマ。大好き。

加えて主人公の桜が付き合うことになる隣人の森くんがまったく魅力的でない、少なくともマジョリティに訴える魅力を持ち合わせていないキャラクターなのもすごくいいです。気は優しいけど不器用で繊細、桜がはじめての彼女、なんでもないことで怒る、なんてマンガ的特徴がまったくない、もはや匿名な存在といってもいい森くんは、「 地球最後の日を一緒に過ごす相手を見つけた 」という打算で交際をスタートさせた桜が人間的に成長をするための媒介としては最適な存在であるかのような気がしてならないのです。名前が森で、個性を表す下の名前は作中で明かされることはない、というのも暗示的で、彼はもしかするとおとぎ話で言うところの妖精的な役割なのかもしれないな、なんて飛躍した意見すらすんなりと言えてしまう気がするのです。森くんと向き合い、彼女なりに正しいと考える方法で物事を解決し、トラウマを解消することができるわけですから、あながち全否定はできないとは思うのですがいかがでしょうか。

最後に。

完全に井の頭公園。二人は吉祥寺に住んでいるようです。

なんだかあらぬ方向に話がすすんで言った感がありますが、上記のような見方以外にも、冬川智子さん節とも言える憧れられない、地に足の着いたラブストーリーとしても楽しむことができるし、もちろん普段うやむやにしがちな「 死とは何か? 」という哲学的なものを考えるきっかけにもなる、色んな読み方ができるマンガであることは間違いないと思います。みなさんもぜひ読んでみてください。冬川智子さんの他のマンガもすごく面白いのでぜひ!

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