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池辺葵「プリンセスメゾン」(1)(2)レビュー。マーケティングが先行しつつ異常なほど表現がほとばしる

2016/08/26

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プリンセスメゾン 2 (ビッグコミックス)

東村アキコさんの「東京タラレバ娘」やマキヒロチさんの「吉祥寺だけが住みたい街ですか?」をはじめとした多くの作品など、ここ最近メジャーな出版社から発表される女性作家のマンガは、どういうわけか都内在住の働くアラサー独身女性を想定読者にした作品がとても多い。フリースタイル31で選評を寄せていたとある女性編集者(先にあげたプロファイリングど真ん中な社会的ポジションにいるらしい)も「最近狙われている気がする」と書いていたことを思い出す。古くは安野モヨコさん「働きマン」の大ヒットあたりからの流れなのか、それとも大手広告代理店、あるいは類する企業によって作られた信頼できるとされているマーケティングによって30代独身女性は漫画をよく買う、という調査結果が出ていて、それ鵜呑みにしているのか。
これは邪推以外のなにものでもないですが、そんな話をしてみたのも、「プリンセスメゾン」も違うことなくその層、テレビ的に言うならF2あたりの消費者をターゲットにした作品だからなのです。

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作品データ

「プリンセスメゾン」は、映画化もされた「繕い裁つ人」や喫茶店を舞台にした「サウダーデ」などの作品を発表している池辺葵さんによるマンガ。「プリンセスー」は居酒屋チェーンの社員として働くアラサー女性がとある事情により都内に家を買おうとする話で、彼女の過去作品と繋げるとなんだか衣食住3部作みたいに見えてきますね。現在小学館のWebマンガサイトやわらかスピリッツや、モチイエ女子という三井不動産レジデンシャルが運営する住まい情報サイトで連載されていて、まる話まで公開されているようです。

その他彼女の情報はナタリーさんでインタビューを受けているようなのでそちらをチェックしてみてください。

ハツキス創刊記念!池辺葵「繕い裁つ人」インタビュー (1/4) - コミックナタリー Power Push

マーケティングが先行しているような他の作品と性格を異にしているプリンセスメゾン

話は翻って冒頭の続き。ある著作物に対して読者ターゲットを明確にするということは、作品を通してそういった人たちの興味関心ごとにとって有益な情報、あるいは共通の悩みと(編集者によって)みなされている状況をドラマティックに描いて共感を得る、という作用を狙っているのだ思います。しかしこの作品には(少なくとも作家自身が作り上げる作品世界のなかでは)明け透けなかたちでそれら(有益な情報や悩み)を表現している箇所がほとんどなく、そのあたりが作品のテーマを選ぶうえでマーケティングが先行している(ように思える)他の作品と性格を異にしているところなのではないかと思うのです。

例えばこのマンガの根っこにある(編集者が考える)テーマを直接的に言った、「年収300万アラサー独身女が東京に家を買ってみた」みたいなタイトルのマンガエッセイがあったとすれば(ありそう)、そこには女性が都内に家を買うことがいかに大変かを、法的、経済的、社会的と、あらゆる側面から鑑みつつ噛み砕いて描き、作品として成り立たせていくと思いますが、プリンセスメゾンにはその気配が(少なくとも作家自身が作り上げる作品世界の中では)ほとんど感じられない。上に挙げた(あらゆる側面からの)情報的なものも、登場人物の不動産会社の人が不動産会社の人間として、必要に応じてカスタマーに提供されるべき情報というかたちでセリフに現れることがあるくらいで、ストーリーを成立させるために必然的なかたちでの登場にとどまっている。「実は○○は××なんですよ」「えー!知らなかった!」(と言いながらここでマンガ的デフォルメされた驚きの表情を浮かべる主人公)、みたいなマンガエッセイ的展開はない。それどころかむしろ、表現的には驚くほどストイックで、セリフは少なく、アップで描かれたときの人物の表情も大いに開かれているか(人によって捉え方が違う)、あるいは無表情かで、さきほど例に出したエッセイマンガとはテーマは同じなのに、まるで対極にあるようなマンガになっています(※例に出したエッセイマンガは実際には存在しません)。

はたして住まい情報サイトに載るような、高品質な情報を要求している読者が多数であろうマンガがそれでいいのか、とも思いますが、そんな(編集者にとっての)問題点はどうでもよくなるくらい話がおもしろいから別にいいのでしょう。タフな状況に置かれながらも、不可能とも思える目標に現実を真っ向から見つめてなりふり構わず猪突猛進していく主人公・沼ちゃんの姿には誰もが彼女の幸せを願わずにいられなくなります。彼女が必死に生きる姿にそこはかとない悲哀があるのは、両親を亡くしたという彼女の置かれている状況からくるものではなく、ほとんどそれ以外の選択肢を排除してまるで家の購入という目標だけに機能還元された自動人形のような人生と、そしてその人生を疑うことなく受け入れている姿に起因しているのかもしれません。

そんなことを考えてしまうのは沼ちゃんのビジュアルがまるで高野文子さんの名作「田辺のつる」的に周囲と比べて戯画化されていて、明らかに別の原則で動いてる生き物のようにみえること、そして回を追うごとにその度合いは強まり、さらに彼女に巻き込まれていく、サポートする不動産会社の人たちもだんだん戯画化されていくからでしょう。「単純によく描くキャラクターだから経済性を重視したんでしょ、それは」なんて言われてしまえばそれまでですが。

先ほどからたびたび(少なくとも作家自身が作り上げる作品世界の中では)という書き方をしているのは、一話ごとに入る見開き調整のページに編集者による(としか考えられない)登場キャラクターを使った不動産Tipsみたいなものが入っているから。情報的に足りないものはコミックスのその辺で補填されているから許されているのかもしれません。ともかく、マーケティング先行系マンガに異常とも言えるほど表現がほとばしるプリンセスメゾン、マンガ好きなら注目しておくべき作品なのではないかと思います。

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