「旅と芸術」展・巖谷國士氏特別連続講演レポート【埼玉県立近代美術館】

Posted :19/12/2015 , Modified :

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2015年12/6と12/12にわたって行われた「 旅と芸術 」展のスペシャル企画、巖谷國士氏による特別連続講演に参加してきました。
巖谷國士さんの講演にはこれまでも何度か参加していますが、これまで同様、いやこれまでで一番と言えるかもしれないほど非常にエキサイティングな内容だったので、今回は二日にわたって行われた講演の内容をまとめてレポートしたいと思います。

展覧会について。

「 旅と芸術 」展は、現在、埼玉県さいたま市浦和にある埼玉県立近代美術館にて開催中です( 2015年11月14日より )。今回講演を行った明治学院大学名誉教授で美術評論家の巖谷國士氏の監修により、「 旅 」にまつわるさまざまな視点に基づいて、日本国内に所蔵されている古代から現代まで幅広い時代の美術品や写真などを展示しています。
公式サイトやリーフレットに掲載されているリード文は以下のとおり。

旅とは何でしょうか。日常生活を離れて別の土地へと移動し、そこで出会うものに驚き、感動をおぼえ、世界の多様性を感じとることでしょう。その驚きと感動を記憶するために、あるいは家族や友人、世間にも伝えるために、旅人たちは日誌をつけたり手紙を書いたり、記念の品を持ち帰ったり、風景や人物を描いたりしてきました。さらに写真という技術が実用化されてからは、旅先での光景を撮影するようにもなったのです。

 やがて交通と観光の発達につれて、また社会環境の変化につれて、旅のもつ意味も大きく変化してきました。異郷への好奇心やエグゾティスム、遠い過去へのノスタルジア、近郊の田園の再発見、空想世界への憧れなど、旅への想いは時代や社会の姿を敏感に映してきたのです。

 この展覧会は、旅をめぐるさまざまなテーマを、主に西洋近代の絵画や版画、写真、挿絵本などを通して読み解きながら、みなさんを「 旅と芸術 」のすてきな物語へと誘います。

引用元:2015.11.14 - 2016.1.31 旅と芸術-発見・驚異・夢想 - 埼玉県立近代美術館

約1年半の時間を費やして準備されたこの「 旅と芸術 」展。巖谷國士氏の話によると、この「 旅 」をテーマにした展覧会は世界的にみても初めて開催されたのではないか、というくらい他に類を見ないものだそうです。というのも「 旅 」を通して芸術をみるということは非常に難しく、これまでに旅の美術史、という領域があったわけでもなく、もちろん専門家もいないとのこと。さらに「 旅、ということであれば中世とか、19世紀の旅とかを研究している人はいるけれども、旅全体を通史として研究している人はなぜかいない 」らしく、巖谷氏も埼玉県立近代美術館からの提案がなければやるつもりはなかったと言います。それでも引き受けたのは「 近代美術館がいい美術館だから 」とうそぶいていましたが、おそらく現代を生きるうえで「 旅 」と芸術の関係を考えることが必要なものだと考えたからではないかと想像しています。

そして展覧会は来年1月31日まで開催予定とのこと。展示自体もまるで迷宮のように作品や部屋が配置してあり、その中に入って美術品をみることがそのまま「 旅 」であるかのような体験ができるすばらしい展示になっていますので、旅、あるいは芸術に興味のある方は是非一度足を運ぶことをおすすめします。

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講演会レポート。

上記の通り、「 旅と芸術 」展の特別企画である監修者・巖谷國士氏による講演は、12月6日と12月12日の2回行われました。巖谷氏はこれまで、例えば「 シュルレアリスムとはなにか 」に収録されている「 ユートピアとはなにか 」の項の結末部分で触れられているように、自身のあらゆる著作で「 旅 」というものを重要なモチーフとして扱っています。というか最近の本、あるいはコラムなどにはほとんどその「 旅 」の気配を感じさせるものばかり、という印象を受けていたのですが、そのテーマ自体を主軸において論じたり書いたりしているものに触れる機会がありませんでした。なので、今回は真正面から「 旅 」について語ってくれるに違いない、とかなりの期待を抱きつつ、講演はスタートしました。

人間とは旅する動物である。

まず印象的だったのは、氏の「 旅 」の捉え方が一般的に考えられているような旅とはかなり違っていたことです。一般的には、例えば広辞苑の定義にあるような「 住む土地を離れて、一時他の場所に行くこと 」だとか、余暇を楽しむために家を離れて他の国や地域にいく観光旅行くらいに考えがちだと思いますが、巖谷氏はさらに現在世界的に問題となっている難民や移民、災害による住民移動( 疎開 )なども含まれるとして、さらに「 旅 」というものの範囲を広げています( これらの理由から、現代( 第一次世界大戦以降 )は旅の時代とも言える、ということも言っていました )。平たく言うなら、今挙げたような行為は「 なにかしらの理由により、今いる場所から違う場所へと行くこと 」ということでしょうか。そのうえで「 人間とは『旅』する動物だ、と答えていいくらい、習性として旅というのを持っている。 」として「 旅 」をどう捉えているのかを説明していきました。

「 人間とは『旅』をする動物 」だとか「 『旅』は人間の習性 」なんて強い言葉を言い切ってしまえることの起源として、巖谷氏はそもそも8万5千年前にアフリカを出発した現代人の祖先であるホモ・サピエンス( 16万年前に「 アフリカのイヴ 」と呼ばれる女性遺伝子から誕生した同一種、という説が遺伝子考古学的に有力 )が、約7万年をかけて南アメリカ大陸の端まで到達したことを挙げました。彼らがインドや東アジア、アラスカを通りつつ、定着や帰還などを繰り返し、各地の気候や植生に対応しながら様々な多様性( 例えば肌の色の違いや骨格の違い、あるいは体内に持つ抗体の違いなど )を築いていく。そしてそのように多様性を作り上げることで、人類は常に彼らより遥かに先に進化する病原体やヴィールス( ウィルス )に対する抵抗力をもって生き延びてきた。むしろ一カ所に定住して画一な遺伝子しかをもっていないということは、進化の早い病原体に対抗できる術がないということを意味し、人類が永く繁栄するためには多様性を持つ以外の方法は考えられない。種として生存すべき多様性を広げるために人間( ヒト )は移動しなければならず、この種の保存のための移動は、他の動物あるいは生命にはないことである。だからこそ人間の移動はすべて「 旅 」である、というのです。「 現代は旅の時代 」と言いながらいきなり原初に立ち戻り、その起源をひもとくスケールの大きさには驚くばかりですが、そのスケールの大きさ故に非常にドラマチックで、それでいて説得力のある考え方で圧倒されてしまいますね。

「 点と線 」と「 エクゾティスム 」から「 旅 」をさらに追求する。

そして上記のような考え方をもとにして、巖谷氏はさらに本質的な人間特有の「 旅 」を考えるうえでのキーワードとして「 点と線 」や「 エクゾティスム 」を加えます。

点と線

「 点と線 」に関しては、「 『旅』とは線の体験である 」という言葉とともに説明してくれました。例えば、我々が一般的に考えていた旅( ガイドブックを携えてそこに書いてあるおすすめスポットをめぐるような観光旅行やパッケージツアー )というのは点を訪ねるだけの作業と同じであり、さらにいうならガイドブックなどに載っている情報はすでに知られている情報であって、それを確認するためだけにいって満足するような旅行( おそらく現代の人々の多くはそういった観光旅行をする傾向にある、ということに巖谷氏は危機感を感じているのだと思います )はあまり好ましくない。とはいえ「 点 」( 観光スポット )を訪ねるような旅行も「 線 」の体験として変貌させることができる。それには「 点 」と「 点 」をつなぐ道程にも重心をおいたり( 移動中に景色を眺めるなど )、点を別の視点から捉えようとしてみたり( ガイドブックに載ってる写真とは違う角度から観たり、触れてみるなど )する必要がある。巖谷氏は「 旅 」とはそういう時間的な線としての体験であってほしい、と語っていました。

エクゾティスム

さらに、そういった線としての体験である「 旅 」の原動力となるものが「 エクゾティスム 」( 外へと向かう心 )であると言います。外、というのは近代文明における都市( 周りを外部からの侵入を防ぐ役割を果たす壁に囲まれた空間。この内側で安定した理想的生活や社会を作ることが目的 )の外のこと。巖谷氏は都市の内側にいる人々が、壁の外の世界を見てみたい、と思う気持ちこそがエクゾティスムであり、本質的な人間特有の旅の起点なのではないかと提示していました。

それらのことから、太古は種としての人類を保存する( 生物学的に )必要な多様性を求めるために人は本能的に「 旅 」をしてきたが、文明( 外部からの侵入を防ぐ壁によって安定した理想的な社会が営まれる内側と、それ以外が隔てられた都市 )が生まれ、そこで生活していくことが普通になったあともその本能が残っていて、都市の外側にある場所( 異郷 )に向かう心「 エクゾティスム 」を生み出した。そして多くの人々がそれを原動力に旅に出、時間的な線として体験する( 新たな発見や驚きを実際にみつけたり、夢想したりする )ことでまた別の旅を生みだし、そうして人間は旅を続けてきた( 続けていく )。それが現代における「 旅 」の概念的位置、と考えてみることもできると思います。

わたしの考える「 旅と芸術 」。

とまあこのように、講演の中で出されたキーワードをもとに「 旅 」というものをひととおり整理してみたところで、ではそのような「 旅 」と「 芸術 」との関係はどのようなものなのか、という問題が頭をもたげてくるような気がしますね。それについて巖谷氏は講演( あるいは展示のなかで )言葉としてきちんとした答えを提示していません。というより、それを考えることにこの講演や展示、書籍の目的はあるはずなのでここで少し考えてみることにすると、旅において考えられる芸術とは、線としての体験の先にあるもの、つまり実際に体験した新たな発見や驚き、あるいは体験せずに想いを馳せた夢想を魅力的なかたちで記録し後世に伝えることで、知的な意味での多様性を担保するようなものである、というようなことになるのではないでしょうか。

そう考えるのは、この講演で巖谷氏が寺田寅彦氏( 夏目漱石門下の小説家で、地質学の研究者でもあった )の「 災害を防ぐには過去の記録を忘れないことだ 」という言葉を引用しつつ、日本の過去の自然災害の写真を見せて、現在の日本政府、あるいは東電の震災後対応に疑問を投げていた姿をみたことが大きいかもしれません。もちろん単純な記録とか、単一的な意味合いしか持たない機能としてではなく、この展覧会でみられる数々のすばらしい美術作品のようにもっと起源的な太古から続く人間の特性としての旅や、旅に繋がる( ともすれば現代のわれわれのように文明にまみれて忘れがちになる )エクゾティスム( 未知の物事について心を引かれる態度や文化的、ひいては生物学的多様性を許容することで生き延びていく本能 )などを記憶、保存し、そして表現するものとして芸術というものはある。今回の講演を聴いて、展示を実際見て、そして図録( 兼解説書である )「 旅と芸術 」を読んで、そんなことを考えています。

まとめ。

というわけでなんだかあらぬ方向に着地してしまった感もありますが、そんな風に想いを巡らせるほど十分に刺激的な、すばらしい講演だった、ということですね。実は二日あわせて3時間の予定だったところを大いにオーヴァーして、計5時間にも及ぶ講演になったことからもそれが伝わるかと思います。その時間の多くは展示されている美術作品や写真の図案をプロジェクターで映しながら「 旅 」の視点に立った解説を加えていくことに割いていましたが、このエントリではほとんど触れていません。講演で話していただいたいのことは本に書いてあるので、そちらを読んでみてください。もっと線としての旅の歴史を体験できますし、読書体験自体も旅そのもの、という感じですよ。

ちなみに巖谷國士氏は講演で( 本展覧会の図録にもなっている平凡社より出版の『旅と芸術』という )本の執筆に重きを置いていた、ということも話されていました。これは決して展覧会の講演で話すことではないですが、重要なのはそれに続く「 今の日本や世界情勢のような状況が続くと、旅ができない時代が来る可能性があり、こういう原稿の注文が来ないようになる雰囲気がある。なので『旅』に関する集大成、ではないが、あらゆることをまとめて、答えを出すのではなく色々なことを問いかけていき、旅の問題系( 旅にまつわる命題的なもの )を、限られたページ数で表現しようと思った 」ということばのほうですね。

これはフランスで起こったテロや、それに関連した世界、そして日本政府の対応を受けての発言なので、そのような状況に「 旅の死 」の危険性を感じて、まずは「 旅とはなにか 」ということの本質を書籍として形に残すこと、記録することに重きをおいた、とのことなのでしょう。さらに執筆中は「 亡くなるであろう本質的な『旅』の遺言を書いているような気分になった 」とも言っていて、今回のテーマに関してはかなりの情熱を注いでいる様子が垣間みられました。そして今回の展覧会に関しては「 そんな本の副産物のようなもの 」と表現したうえで「 もちろん本で提示した内容を反映していると思いますので、見方は自由ですが、旅とはなにかということを基本においたものであることを念頭においてみてほしい 」とも話していました。

しかし今回の講演、上のような発言にも垣間みられるように、普段は冷静かつ飄々としたたたずまいで、軽やかなユーモアとともにキラーフレーズを繰り出すようなスタイルで話している巖谷さんのイメージとは若干違い、冷静にしてかなり熱量が高いような印象を受けました。それほどまでに文明が力を持ちすぎていることで、本質的な「 旅 」や芸術、もっというなら人生が脅かされている、という危機感が強いのかもしれません( これまで以上に世界情勢や日本政府に対する辛らつな言葉が端々に散見されていたこともそういった印象を加速させています )。そしてそれは逆説的に、観るものの想像力を掻き立て自由にし、旅や別の場所へと誘うような存在としての芸術へ、深い愛情を示している、ということにもなると思います。みなさんもそんな巖谷國士氏の想いや知性が思い切り詰まった展覧会や書籍に触れてみてはいかがでしょう。来年1月にはB&Bで三たび「 旅と芸術 」に関する講演が行われる予定とのことですので、ご興味を持たれた方はそちらにも是非参加しましょう。下部関連リンクをご覧ください。

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