岡本仁の読書遍歴、本とのつきあい方。【続・果てしのない本の話刊行記念トークイベントレポート①】

2016/03/18

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続・果てしのない本の話。

12月15日、渋谷にある書店SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSにて、編集者・岡本仁さんによる「ぼくと本との付き合い方」と題されたトークイベントが開催されました。

SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS) | 奥渋谷の出版する書店 / 渋谷入口の雑貨店 / 出版物・Webメディア制作

このイベントは、翌日(12/16)から発売される新作zine「続・果てしのない本の話」の刊行を記念して開催されたもの。刊行されるzineについてや、岡本仁さんの読書遍歴、Amazonについてどう思うか、また近々1号限りで復刊予定の「Relax」(かつて岡本さんが編集長を務めたマガジンハウスの雑誌)についてなどの話を通して、テーマでもある岡本仁さんなりの本との付き合い方を明らかにしていく、というとてもエキサイティングな内容のイベントでした。今回は以下にイベントをレポートしていきたいと思います。

関連リンク:
岡本仁の考えるAmazonとリアル書店の正しい関係。【続・果てしのない本の話刊行記念トークイベントレポート②】
岡本仁が語る少部数出版の未来。【続・果てしのない本の話刊行記念トークイベントレポート③】

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はじめに。

イベントは、最初にzineの前作である、昨年発売された「果てしのない本の話」の成り立ちについて話されたあと(過去いろいろな場所で語られているのでここでは割愛します)、SPBS店長の鈴木美波さんの進行にうながされつつ、トークのタイトルでもある岡本仁さんにとっての本との付き合い方について話しはじめました。

岡本さんの読書遍歴。

まずは岡本さんのこれまでの人生の読書遍歴から。人生最初の読書体験として、中学生のころ親に買い与えられた日本文学全集みたいなもので夏目漱石や太宰治などのクラシックな文学を読みはじめたところから、それ以前には少年サンデーやマガジンなどのマンガ雑誌ばかり読んでいて、その後高校生ではケストナーとかアーサー・ランサムとかのシリーズ物や、佐藤さとるのコロボックルの話、天沢退二郎など純文学を書いてる人が少年向けに書いたものなどを好んで読んでいたということです(今で言うヤング・アダルト向け小説、ということかもしれません)。そのほか庄司薫のかおるくんシリーズや、安部公房はお小遣いで全集を買うほどのめり込んでいたと言います。

そして高校のときの延長で「少年文学会」という小説を書くことを志すサークルに入った大学時代には、当時入り浸っていた吉祥寺の喫茶店で知り合った同年代の友人たちをきっかけに、サリンジャーやジョン・アップダイク、ウィリアム・サローエンなどのアメリカ文学にハマり、その後は雑誌「ワンダーランド」に衝撃を受けて、晶文社が出しているものを手当たり次第に読んでみたり(※「違う内容の本なんだけど、明らかにある一点の趣向とか思想で結ばれているものを出版し続けていて、それでいて(平野甲賀による)装丁がものすごくかっこいい」ところに惹かれたと話していました)、植草甚一、伊丹十三、澁澤龍彦など岡本さん曰く"趣味系のおじさん”の作品を読んだり、あるいはスーザン・ソンタグとかロラン・バルト、長田晶、山口政夫などの「難解系」を経て、吉田健一、池波正太郎、内田百閒、山口瞳などの”渋いおじさん”たちの作品と次々にハマっていったとのことです。

このように、その時々の興味に従って無意識のうちに読んできた本の遍歴を語るなか、岡本さんは「ぼくはすぐなにかにかぶれるんです」と自嘲気味に笑いながら、それぞれの時期にはまったものたちに「アメリカ文学かぶれ期」とか「趣味系のおじさん時代」「難解系の時代」などとそれぞれに簡単なタイトルを付けて話していたことがすごく印象的でした。単純に作家名や作品を上げていくだけではなく、ちょっとしたまとまりを作ることで話しやすいし聴きやすくしている。このようなテクニックをおそらく無意識のうちに繰り出しているところなどはやはり編集者ならではだなあ、と感動しました。

レア写真集ディグ時代。

そのラベリング(と言ったら語弊があるかもしれませんが)のなかでも最もキャッチーだったのが、90年代の終わり頃に訪れたという「レア写真集ディグ時代」。その名の通り、手に入りにくい、プレミアのついたような写真集をとにかく集めまくっていたそうですが、そういった本との触れあいかたには少々疑問もあったとのことで、この時期について岡本さんは次のように話しています。

「レア写真集ディグ時代は、パリに行ったらレア写真集の穴場みたいな本屋があって、そこに行って、なんかすごいのを見つけてくる、というようなことをしていました。一度小西康陽さんとか信藤三雄さんとかとたまたまいっしょにそのパリの本屋に行ったことがあるんですが、そのときは自分が選ぶものより他の二人が何を選ぶ彼のほうが気になって集中できなくて何も選べない、みたいなこともあった。そのあと松浦弥太郎くんと出会って、よけいに古い雑誌とか古いデザインもの、ビジュアル本とかを教えてもらうとそれもほしくなっていくという。

「そんな感じは僕の場合音楽の聴き方とすごく似ていて。最初はラジオで聴いたいい音楽を探しにいって買ってずっと聴いて、それにすごく愛着を持っていたりした時代があった。だけど、ぼくはDJをやっていたことがあったんですけど、DJを前提にレコードを買うようになると、僕みたいな素人では音楽のよさと関係なくなってくるんですね。もちろんDJをずっとやってらっしゃる方はその曲を愛していると思うんですけど、ぼくは段々DJやってるうちに、フロアが盛り上がる1曲が入っているブラジル盤、みたいなものを買ってしまっていた。でもその1曲が聴きたいわけではなく、かけて盛り上がるのがみたいだけで、音楽がどこかにいってしまっていた。

「レア写真集ディグ時代はそれにちょっと似ていた感じがありますね。だから〇〇の××を持っている、ということを話すことでリアクションしてくれる人の顔が観たい、というような感じがあって。あんなに高いお金を出して買った本をぼくは真剣に観ていたのかと思うとそれは疑問だし、それは本との付き合い方としてはたしてどうだろう、とまあ真剣に思ったことはないんですけど(笑)、たとえばサム・ハスキンスの写真集が3冊全部手に入ったとか、そういうことが嬉しいだけで、手に入ったことで完結してしまうのはどうなのかな、と後から考えてみると思ったりしますね」

岡本さんが話したようなことは、本好き、ひいてはカルチャー好きの人たちにとってはしばしばあることなのではないでしょうか。自分に興味があることは大前提として、しかしそれよりも、プレミアのついた著作物を所有していることで他人(おなじような趣味嗜好を持つ人びと)から敬意をもたれたい、という感情にプライオリティを置くような、自分のなかでのそのものの価値よりも、社会的価値の大きさに魅了されてしまう状態。

そういう価値観に依存する人は意識的にも無意識的にも多いのに、あまり自発的に認めることはできないものだと思うのですが、そんなところもあけすけにしてしまえるところなどはさすが岡本仁さん、といったところでしょうか。単純に岡本さんにとってすでに過去の話になっているからかもしれませんが。

媒体としてではなく媒介として本と付き合う。

そんな風にある時期までの読書遍歴をたどったあと、岡本さんは来場者からの質問をベースとして、現在はどのように本と触れあっているか、というようなことを語っていきました。

しかし出された質問に対し、

Q:普段どんなときに本を読んでいますか?」

「あまり読まない。出かけるときに1冊は選んでもっていくが、読むのはまた別の話」

Q:本はどこで買う?

「もっぱらAmazonで買います」

Q:たくさんの本を同時に読み進めるタイプ?

「結果としてそうなってる感じ。途中のものがたくさんあるし、再開するかどうかわからないけど読みっぱなしになっている本もたくさんある。最近読んだ本で読み通せた本はものすごく少ない。思い出せないくらい。」

などと、普段彼が抱かれているイメージ(大手雑誌社出身の偉大な編集者というイメージ)からすると少し驚いてしまうような答えばかりを繰り出していました。
しかしそういったことばたちが出てきたことには、トーク中の以下の発言を踏まえれば納得できるかもしれません。
それは鈴木美波さんによる「『果てしのない本の話』のように、本と本とが自然と繋がっていくような体験に、そのことについて書くという行為にまで至るほどに意識しだしたのはいつ頃からですか?」という質問への答えとして語られました。

「意識しだしたは最近のことですね。中高大、社会人のはじめとかは一人の作家の作品を全部読もうとしたり、その作品の元になった原著にあたろうとしたりする読み方をしていたので、あまりそういうことはなかった。主体は作品にあって、その作品が好きだから関連する本をできるだけ読んでいたい、って言う風に思っていたんだと思うんです。

「けれどだんだん『果てしのない本の話』のように、あれを読んでいたらこれを思い出したとか、あの本でこう書かれていたことは、この本ではこう書かれていたとか、この本とこの本は似たようなこと言ってるな、と思ったら作者の二人が知り合い同士だったとか、そういうことがわかるのが面白くなってきたんですね。だからよく読むと、あの本は『この本を読んで何をした』ということは書いていない。

「つまり本は入り口でしかない。出かける理由になったりとか、本に書いてあることをきっかけにはじまる話を書いている。でかけたさきで観たものについてまた何かを思い出して、どんどん繋がっていく、という感じですね。たとえばInstagramでも本について書くことがあるけれど、たまたま手に入れて読んでおもしろかったりとか、手に入れ方がおもしろかったりとか、そういうことばかり書いてある。いまは、本のなかに書いてあるストーリーよりも本があることでもたらされるストーリーのほうに興味がある、といったほうがいいかもしれないですね。」

岡本さんはこのように自分の気持ちと書いてきたものの関係性をどちらかというと感覚的に表現していましたが、これこそが今回のトークのテーマである、彼と本との付き合いかたの本質をついているのではないでしょうか。

上の発言は、岡本さんにとって本のメディアとしての性質が変化した、と言い換えることもできると思います。つまり、これまでは我々が一般的に考えているような、誰かが持つ(ときにその人しか持ち得ない)情報を、別の誰かに伝えるための手段、という意味での「メディア」として本を(我々と同じように)扱ってきたのだけれど、だんだんと蓄えた情報が増えたり、情報を得るための手段としての本の社会的価値が、たとえばインターネット(岡本さんにとってはおそらくInstagram)の登場によって変化する(下がったわけではない)につれて、彼のなかでメディアとしての本の意味合いも変わってきた(拡張した、と言ったほうがいいかもしれません)。すなわち自分のなかにある思い出や記憶同士、あるいは人と人とを結びつける媒介(メディア)として本が機能することを実感し、そこに価値を見出しつつある、ということなのではないかと思えるのです。

それは、やはりトーク中に岡本さんが放った「だから本は”モノ”(物体)としての本である必要があると思いますね」ということばにも表れていると思います。いまやインターネットや電子書籍など、紙を使わずに文章を読んだり、なにかしらの情報を得る機会のほうが圧倒的に多いことはみなさんも実感しているでしょう。
実際このイベントのきっかけとなった「続・果てしのない本の話」岡本さんがブログやInstagramで書いた文章が基になっています。
しかし、それでもなお「印刷して、本としてバインディングしておくことに非常に意味がある」と岡本さんが言うのは、「束としてあるとどれだけ読んだか、あと残りはどれだけあるのか、というのが電子書籍のように残りページの数字ではなく、紙の厚みなどの肌感覚としてあるところなんかがぼくは好きですね。ここまで読んでおもしろくないからやめたとか、残り半分読み終えるのが惜しいとか、そういうことが直感的にわかるっていうのがぼくに合っている気がする」(本人談)
という理由以外にも、物質としての本があることで、それを通して繋がる、本がもたらすストーリーが生まれる可能性ができる、という意味合いも含まれているのではないでしょうか。

まとめ。

「僕は(本との)付き合い悪いですよ」とうそぶきながらも「本はすごく大事なものですね。なくては困る」と発言する岡本さんの、上に書いたような本の読み方、もとい本との関わり方は、月に100冊読むようなタイプのいわゆる"読書家”でもなく、だからと言ってベストセラーしか読まない、みたいな場当たり的なものでもない。とはいえ、ある意味これまで自分の興味が赴くままにあらゆる種類の本(やそれにまつわる人やもの)に出逢ってきた岡本仁さんにしかできないような付き合い方であるように思えるし、それでいて、一般的にもなにかこれまでの本との触れあいかたを拡げるヒントになるようでもある、ということも言ってしまえるくらい非常に魅力的なスタイルなのではないか。そんな風に、トークを聴いてみて思えるのです。

そのほかのイベントあれこれ。

上のような本との付き合い方以外にも、岡本さんのInstagramで話題になった謎の写真家Nguanや、2年前くらいに突然訪れた庄司薫ブーム、何度も繰り返し読んでる本、今度復刊するRelaxとその関わりかたなど、さまざまな事柄についてトークを繰り広げる濃密なイベントでした。
次回またSPBSで、たとえば2月終わりに復刊予定のRelax発売記念イベントなんかで新たなトークを聴けることを切に願っています。

おまけ。

トーク終盤に設けられた来場者からの質問コーナーで手を挙げた、本(を含むカルチャー的なもの)との付き合い方に悩む女学生の質問と、それに対する岡本さんの答えが非常に素晴らしいものでした。最後にそのやりとりを引用させていただきます。

Q:私はいま学生なのですが、ふだんInstagramばかりみているだとか、基本的にSNSで情報収集しています。本もそこそこ読んで情報を吸収していますが、それこそ趣味系のおじさんたちが書いた、アレを食べた、アレを読んだとかをなぞって、知った気になっている感覚があります。だけどそういうものをベースに自分の趣味を公開して、その上にあるものを聞きかじっているところがあります。それにたとえばサリンジャーみたいな、"ちゃんとした文学"というものをあまりまだ読んでないし、そもそもそれがどういうものなのかも知りません。でも、この年齢ではマスターピース的なものを知っておかなければいけないな、とか思って読んでも途中で飽きちゃったりして、なかなか最後まで向き合うことが出来ない。岡本さんは若い頃にそんな葛藤はありましたか?勉強のために本を読むとか映画を見るとか。

A:ぼくがELLE JAPONで編集をしていたときはヌーヴェル・ヴァーグの映画、ゴダールとかトリュフォーとかを勉強のために見たことがあります。だけどやはりそういう義務的にをみなきゃいけないものでも、自分の楽しさに繋がったほうが良いなとは思うので、楽しくないから途中でやめたって言うことを気に病む必要はないような気がしますね。あと、SNSをきっかけにそれ以前の時代の本や映画などのカルチャー、たとえばフィルムカメラだったりにつながっていく可能性はあると思うし、つながるときは自然にそういうタイミングは来ると思います。だから、今こうしていない自分はまずいんじゃないかとか思う必要はないと思う。もっと適当で良い。仕事上必要とか、試験に必要とか、そういう場合じゃないときは別にそれで良いと思いますし、必要に迫られて読んでつまらないと感じたものでも、また別の機会で読みたくなるときがあって読んだらおもしろかった、と思うことがあるかもしれない。そしてそういうことがあったらまたそこから芋づる式良いものに出逢えたりする。悩むことはないと思います。あと、ぼくも最近情報源はもっぱらSNSですよ、雑誌以上にSNS。今日の本を読んでもらえばわかりますが、このひとInstagramしかやってないじゃないかと思われるんじゃないか、という危険性があります。いい年の大人であるぼくがそうなんで、まったく問題ないと思いますよ。

※同じトーク中に出てきた本との付き合い方の話やAmazonの話は、また別エントリでご紹介します。ご興味のある方は以下リンクよりお楽しみください。

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