平野紗季子「生まれた時からアルデンテ」に感じるパンク精神

2016/03/18

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帯文ヒドい。けど素晴らしい単行本です。

平野紗季子さんによる初のエッセイ集「生まれた時からアルデンテ」を読みました。

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生まれた時からアルデンテ
平野 紗季子
平凡社
売り上げランキング: 409

平野紗季子さんといえば、ハイセンスな女性向けファッションWEBマガジン「.fatale」にてブログを連載しているなど、いわゆる"オシャレ"系としてのイメージが色濃い存在だと思います。かく言う僕も、彼女が岡本仁さんと渋谷区の飲食店を周りながらの対談企画が載っている「ぼくの渋谷案内。」についてのエントリーでも書いたように、若くて美人、そして物書きとしてある程度成功を収めている、という大変見苦しい理由で彼女に対してあまりいいイメージを持っていませんでした。この際だから行ってしまうと、どうせ大した実力もないのに上記のような理由でエッセイ界の新星として祭り上げられているに違いない、なんてことを、彼女の書いたものを意識して読んだこともないのに、勝手に思っていたのです。いやむしろ、こんなイメージを抱えていたからこそ、彼女の文章を意識して読むにも至らなかったのですが。

ともあれ、そんな大人気ない感情は、先述の「ぼくの渋谷案内。」を読むことでペリペリとメッキが剥がれていき、そして「生まれたときからアルデンテ」に触れたらもう跡形もなく消え去ってしまいました。先入観に縛られ、あらぬ想いを抱えてしまった自分の器の小ささが身に沁みて、もはやこのまま消えてなくなりたい、とまで言いたくなる。

平野紗季子さんの悲痛な想いが伝わる文章その1。

そんな話はどうでもいいとして、この本を読んでいて感じたのは、平野紗季子さんは相当なパンクスだ、ということです。食のパンク。彼女自身、この単行本の内容に関して色んなところで「戦っている」という言葉を使って説明しているのを見かけましたが、確かに常に何かと戦っている印象を受けます。例えばわかりやすいのは、ガストロノミー的な食の楽しみ方に対する戦い。この本に付けられた注釈によれば、ガストロノミーとは「一般的に文化と料理の関係について考察すること。美食学。」という意味らしいですが、「ガストロノミー」という言葉自体から得られるイメージとしては、裕福な生活を送る人が生命維持以外の目的で食事を楽しむこと、言ってしまえば「金持ちの道楽」という風になるかと思われます。あるいはスノッブな人間たちによる内輪の企み。いずれにしろ、限られた人間にのみ享受できるもの。ブルジョワジーの密かな愉しみ。グルメ以外お断り(そういえばこの本には「グルメ」という言葉が一度も出てきていないような気がする)。そして一般的な食の楽しみ方としては、今挙げたような方向に向かうのが正しい、というようなイメージが門外漢である私のような人間にはあると思うのです。

一方で、単行本の前書きでも「私にとっての『食』は尋常ではない。」という、まるで長谷部千彩さんの名著「有閑マドモワゼル」に出てくる「私は香りの極道を歩んでいる人間だ」を思わせるフレーズを繰り出しているように、とにかく食に対して真摯でどん欲な平野紗季子さんはその限られた人々によって享受されてることが前提の、既存のガストロノミーに対して反旗を翻しているような印象を受けます。収録されているエッセイのなかで直接ガストロノミー的な食べ物、食の楽しみ方を扱っているものはそんなに多くないですが、全体を通してそのような精神を感じる文章ばかり。なぜ美味しいものを独占してしまうのか、高いものだけ、知識がある人だけが楽しめる「食」なんて食ではない、ということを声高に叫んでいるような文章もある。

反ガストロノミー的なものに対するモチベーションはおそらく、社会全体が、というより平野紗季子さん自身が、何の固定観念も精神的気苦労もなく、全ての食を平等に愛したい、愛せるようになってほしいということなのでしょうが、もはやその気概すら潔いというか、むしろ偽善的に人称を複数にするよりも好印象だし、なんとなくロマンティックな、俗な言い方をすると乙女チックな感覚さえ抱かせます。

とはいえ、彼女が反抗しているのはどちらかというとガストロノミー的精神のほうであり、実際に出されるガストロノミー的な食べ物は、彼女の感性に引っかかれば存分に楽しんでいます。ノルウェーのノマレストランやエル・ブリなど世界的に有名なレストランに対してもオマージュを寄せているし。かと思えば、大学の学食のあまりおいしくないカツカレーについて熱い想いを吐露していたりする。彼女にとっての理想的食の楽しみ方は、まさにそういうことなのかもしれません。

最後に。

平野紗季子さんの食に対する悲痛な想いが伝わる文章その2。

というわけで、気づけば長々と書いてしまったのでこの辺で終わりにしたいと思いますが、他にも、彼女の過去の食べ物に対する郷愁や切実な想い、というより再現不可能な過去の料理すら現在において追体験しようとする態度などもあちらこちらで感じられるなど、全編を通してとにかく食に対するどん欲さを感じさせる単行本でした。同時に単にエッセイがつらつらと並んでいるわけでなく、写真やイラストを散りばめ(イラストの上にテキストを載せるデザインのページもあった)、段組みやフォントのサイズもエッセイによって異なったりするなど、過去の名立たるエッセイストたちによる、いわゆるヴァラエティ・ブックのような構成にも、過去の膨大なアーカイブに対するリスペクトを感じて素晴らしい。そして何よりも文章がとてもおもしろい。2014年の名著とも呼ぶべき作品なのでみなさんも是非読んでみてください。

おまけ。

横尾忠則にルビ振ってあった。

文中横尾忠則にルビが振ってあってびっくりしました。つまりは彼のことを知らないような世代がこの本のメインターゲット、ということですね編集者さん。

単行本の中で一番女子っぽい文章。思わず笑ってしまいました。

他のエッセイとは毛色が違う、一番ふざけてるような感じがする文章。めっちゃかわいいですね。

生まれた時からアルデンテ
平野 紗季子
平凡社
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